90日のシンデレラ
 この山形の回答に、真紘は目が丸くなる。直帰するというのに、リモートで本日の書面を受け取り、帰り道でチェックするとは!
 自分のあの社ではリモートの設備が整っていても、そこまで熱心に仕事をしている社員は多くない。ここに一分一秒を惜しんで仕事をし、田舎では考えられない量をこなす本社社員の姿があった。

 「あの、差し支えなければでいいのですが……」
 おずおずと真紘は尋ねてみた。ニコニコ顔のまま、マダム山形は先を促す。
 「北峰さんって、いくつぐらい案件を抱えているのですか?」
 この質問に、そうねぇ~って顔を山形はしてみせた。上目遣いになってしばらく沈黙し、
 「私が知っている限りでは、業務改善コンペ以外に三件ってところかしら。ここ以外にも別事業所にもデスクがあるから、そちらの分がもう少し上乗せされて、五件は間違いないわね」

 (五件!)
 (きっとそれ、下っ端レベルの兼任じゃないはず)

 ――俺、今さぁ、面倒なプロジェクト抱えていて、通勤時間を節約したいんだよね~。でもオフィスに泊まり込むのは社長命令で禁止なんで、近い寝床を探していたんだ。

 北峰の多忙さを知れば、間借り申し入れ時の彼のセリフを思い出す。あれは、正真正銘の真実を述べていた。真紘が危惧するような浮ついたものなど、まったく入り込む余地はないとわかる。

 同時に真紘は思う。マンションだけでなく、意気込んでやってきたこのコンペ部屋にも北峰はいない。しかも本日は直帰で社には現れない。
 果たして自分は、こんな多忙な北峰と会うことができるのか?
 メインのつながりとなるコンペ案件でさえ面談が不確かなのに、水面下の間借りの取り決めにまで及びそうにない。

 真紘の心の声がきこえたかのか、山形は平然という。
 「確かに北峰さんは忙しいけれど、今がピークです。近いうちにひとつ終わるから、ちゃんと椎名さんとミーティングする時間は取れるはず。心配は不要よ」
 こんなこと日常茶飯事よと告げる山形に対して、「そうですか」としか真紘は答えることしかできなかった。
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