90日のシンデレラ
 最寄り駅がみえてきた。そろそろこの女子トークはおしまいである。
 最初はお仕事モードではじまったが、最後はアイドル談義っぽくなっていた。これも女子トークのお約束だろう。
 「瑠樹さんって、ルックス良し、仕事はできる、でも堅苦しくなくて、独身とくれば、もう文句なしよね~。あー、もう、尊い、尊いわぁ~」
 改札近くで、くるりと大村は真紘に向き合う。そして真紘の手を取り、こう告げた。
 「コンペ期間中は一緒に瑠樹様を盛り上げていきましょうね! じゃあ、また」
 賛同者を得たといわんばかりのご機嫌な足取りで、大村は改札を抜けていったのであった。

 別の改札口へ真紘は向かう。大村が消えて、ひとりになれば、真紘はどっと疲れが出てきた。

 (一体今日は、なんて日なの?)
 (目的は何ひとつ、達成されていないじゃない)

 企画開発研修を一旦中断して、コンペ部屋へいったのに、交渉相手の北峰はいなかった。
 いないばかりでなく、忙殺スケジュールをこなし、異常に部下から慕われている北峰の姿を見つける結果で終わった。
 これでは、「彼が、私の朝食を無断で食べたのよ!」といえなくなったし、借り上げ社宅に間借りを強要した非常識な本社社員と暴露しても信じてもらえない。
 文句をつける気満々でいた真紘は、複雑な気分で帰宅した。

 帰宅すれば、玄関の三和土で北峰のスニーカーが行儀よく置かれている。それは、一ミリたりとも動いていない。北峰は出張に出ていて東京にいない、当たり前である。

 (本日は直帰っていっていたし)
 (いくらなんでも東京戻りは十時だぞ。そこから、ここに寄って自宅に帰るなんてこと、疲れるだけ。ナイナイ)
 (明日も明日で仕事があるだろうし、今日はこないだろう)

 そう結論付いて、本日は落ち着いて眠れると真紘は安堵した。
 だが、それは真紘の願望で現実ではない。
 そう、真紘の受難はまだまだ続くのである。
< 65 / 155 >

この作品をシェア

pagetop