90日のシンデレラ
 昨日までは、北峰がきたらどうしようと身構えていて、何をするにも些細な物音が気になって仕方がなかった。
 でも今日は違う、北峰は出張で東京にはいない。もう今日という一日はほとんど残っていないが、安心して残りの時間を過ごすことができる。
 業コンの課題だって、ふたを開けてみれば一番で提出することができた。『一番』という称号は、とにかく響きがいい。何もかも予定の狂った一日であったが、これだけは満足のいくものになった。これも、真紘の気持ちにすこし余裕を与えることとなる。

 夕食を食べ、PCで推しチャンネルをみて、風呂に入る。軽く明日の研修内容を確認して、少し早いが寝ようと歯磨きをしているときだった。
 ピッという、電子音が小さく響く。玄関から。

 「!」

 何の音かなと推測するが、きっとさっきまでみていた動画のものかと思う。そのまま真紘は歯磨きを続けた。口を漱ぎ、夜のスキンケアを済ませて、洗面所を出た。

 「あ、そうだ。消さないと」

 動画は止めて、リビングダイニングを出たつもりだった。でも歯磨きの最中に音声がきこえたのなら、消し忘れたのだろう。特段、意識せずPCの確認をしようと、洗面所からリビングダイニングへ舞い戻れば…………

 (あれ?)

 リビングダイニングと廊下を分ける扉のすりガラスの向こう側で、何かが動いた。しかも、明かりもついている。動画だけでなく、照明も消し忘れたのか?

 (え?)
 (誰かいる?)

 真紘の足が止まる。と同時に、先の電子音のことを思い出す。

(あの音は、どこからきこえた?)

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