90日のシンデレラ
 あれは、比較的聞き馴染みのある電子音だった。音源はリビングダイニングからと判断したが、きこえた直後は玄関の方向と思った。新たにわいた照明の違和感と音源の位置から、あれはカードキーで玄関ロックを開錠した音だと真紘は勘付いた。

 「…………」

 北峰とは、社ではすれ違いとなり会えなかった。さらにマダム山形から彼のスケジュールを知れば、もう本日は会うことはないと思っていた。
 なのに……
 扉を開ける前に、まずはこっちを確認しよう。真紘はくるりと振り返って、まっすぐに伸びた廊下の先の玄関の三和土をみた。
 リビングダイニングのガラス扉のうすぼんやりとした光の先に、二足の靴が並んでいた。

 (靴が……)
 (増えてるよ~)

 一足は夕方帰宅した真紘を迎えたスニーカー、もう一足は革靴。きちんと踵を整えられたスニーカーと対照的に、革靴は今さっき脱いだといわんばかりで、向きがちぐはぐだ。
 靴が増えているということは、靴の持ち主がここにいるということである。
 とても簡単な謎々だが、真紘はこの結論を認めたくない。

 (今日はもう、会うことはないと思っていたのに!)
 (どうして、こう、間が悪いというか、タイミングが外れるというか……)
 (しかも、もう化粧も落としてパジャマだよ、私)

 予告なしで間借り人が同じ部屋にいるとわかれば、もう真紘はリビングダイニングの扉の前で、青ざめて佇むばかり。
 そんな戸惑う真紘のことがわかったのだろうか、革靴の持ち主がリビングダイニングから顔を出した。

 「おい、何やっているんだ? 突っ立ってないで、早く中へ入れよ」

 真紘の予感は的中し、ここに北峰がいたのだった。

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