90日のシンデレラ
 上司に向って「待て」とはどうかと思うが、こんなにたくさん追加項目があっては覚えられない。内容を取りこぼして、提出後に「できていない」といわれたくない。

 「なんだ?」
 「メモを取ります」

 いそいそと真紘は手帳を広げる。北峰がみている前で、さっきまでもらった指導内容をざっと書き記した。
 話を折られて北峰は少し憮然としたが、真紘が真剣にメモを取る姿をみて彼の表情が柔らかくなる。頃合いを見定めて、彼は尋ねた。

 「いいか?」
 「はい」
 「では、次は……」

 延々とミーティングは続く。深々と夜が更けていく。
 不意打ちではじまった業務改善コンペの個別ミーティングは、約七十分続いた。
 最後のPDFファイルがPC画面に現れれば、真紘は肩の力が抜けるのがわかった。

 (やっと、終わったよ~)
 (きっつー。個別ミーティングって、ここまで詰めるものなのかな?)
 (それに、エントリー者は全員、ここまでしてもらってるの?)

 本社のコンペ、ツッコみ方がなんて恐ろしい~というのが、真紘の感想である。田舎の孫会社では、絶対に体験することのない中身の濃いミーティングであった。

 ちらりと正面の北峰をみれば、彼のほうも「終わった~」というような顔をしている。どうやら、厳しかったのは指導をもらう真紘だけでなく、指導する北峰も同じだったとわかる。北峰は日帰り出張をして、その足でここまで訪れて、緻密なミーティングをしたのだ。精神的にも体力的にも無理もない。

 「で、以上を踏まえて、再提出。期限は三日後」
 「はい」

 その三日後とは、本来の課題レポート提出日である。本日提出して真紘は一番乗りだったのに、そうでなくなってしまった。たった数時間の優越であった。

 密かにしょぼんとする真紘の前で、北峰はいった。
 「じゃあ、俺は帰るわ」
 「はい。……え?」

 今までの流れで、ずっと「はい」とだけしか真紘はいっていなかった。だから、終ってもそのまま同じに「はい」を口にしていた。
 だがすぐに変だと感じ、
 「帰る、のですか?」
 と、真紘は変な質問をしてしまった。

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