90日のシンデレラ
 これには一瞬、北峰は変な顔をする。そして、
 「そうだが、何か?」
 返ってきた北峰のセリフは、至極真っ当。

 「い、いえ……なんでもありません!」
 慌てて訂正する。バカな質問をしてしまったと、真紘は恥じ入るばかり。
 間借りをしているから、てっきりこのままここにいるのかと思っていました――これが「帰るのですか?」と真紘にいわせた理由なのだが、これ、北峰に帰ってほしくないといっているようなものではないか!

 どもる真紘の間の前で、北峰のほうはテキパキと片付けをしていく。PCを頑丈そうなブリーフケースにしまい、その他コードなどもコンパクトに収納する。出来上がったのは、女性なら絶対に持ちたくない重量感のある手荷物だった。

 今晩のこの北峰の行動は、どう説明すればいいのだろう?
 北峰とはまだ完ぺきになってはいないが、真紘との間に間借り契約を交わしてある。予告なく夜の時間にやってきて仕事をして終われば、そのままこの部屋で過ごしていくと思わないか? 普通は。
 でも、北峰はいった。「帰る」と。

 (帰るって、帰るって、どういうことよ?)
 (も、もちろん帰ってくれてもいいんだけど……)
 (この人、よくわからない)

 重そうなブリーフケースをそのままにして、一度北峰は部屋を出た。
 その彼の様子をずっと目で追っていれば、例の玄関横の部屋に入っていく。ぱたんと扉が閉まり、しばらくしてからワイシャツにチノパンという軽装になって、北峰はリビングダイニングに戻ってきた。

 あらためて残しておいたブリーフケースを手にして、
 「あー、やっぱり、こっちが楽でいいわ」
 と、スーツを脱いだ感想を吐き出した。
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