90日のシンデレラ
 そして、北峰は真紘へ紙袋を手渡す。さっきまでなかったから、例の部屋に置いてあったのだろう。
 「これを、どうぞ。今朝の詫びだ」
 「?」

 今朝の詫びとは、なんだろう?
 素直に真紘は受け取る。見た目よりも、紙袋は重かった。とてもオシャレなデザインの紙袋の中を覗けば、一本の食パンと三個のデニッシュが入っていた。

 (え? パン?)
 (パンって、ちょっと待って!)
 (詫びって、勝手に食べた朝のパンのこと?)

 今日は本当に目まぐるしい。
 朝は朝で用意した朝食が消えていた。段取りを組んであった日中の仕事は、スケジュールが変更となった。そんな予定外の一日が終わろうとしていたが、ここでも穏やかに終わらせてくれない。根を詰めたミーティングが行われ、そのあと真紘をさんざん翻弄した張本人からパンをもらう。
 朝に消えたパンは、夜に姿を変えて戻ってきたのだった。

 紙袋の中のパンに目を丸くする真紘へ、北峰はいう。そのパンは、出張先のターミナル駅で購入したものだと。
 見覚えがないパッケージデザインだと思ったら、東京にはまだ出店していない地方の老舗パン屋のものであった。

 「駅コンコースでワゴン販売していて、旨そうだったから買ってきた。これ食って、しっかりレポート書けよ」
 簡単にそう付け加えて、北峰は玄関に向かう。
 「本日はお疲れ、じゃあおやすみ」
 革靴でなくスニーカーを履いて、さっさと北峰はマンションを出ていったのだった。


< 73 / 155 >

この作品をシェア

pagetop