90日のシンデレラ
 ***


 借り上げ社宅のマンションでの真紘と北峰のはじめての遭遇は、業務改善コンペのミーティングを行うだけで終わった。
 この日は『直帰』と申請していたから北峰は泊まらなかったのか、それはわからない。ともあれ、北峰の間借り生活の第一日目、荷物搬入の土曜日は別にしてなのだが、はミーティングだけで終わったのである。

 北峰が消えてしばらくしてから、真紘は冷静に戻れた。
 今夜のアクシデントを思い返せば、真紘は謎に思うことがポロポロと出てくる。
 詫びだといってくれたパンは、彼が食い散らかした真紘の朝食よりも明らかに多かった。詫びの気持ちが入っているから多めにくれたのだと思う。それ以外にもぶどうジュースの分も含まれているに違いない。
 ふと思い立って、例の玄関横の部屋を覗く。スーツが三本かかっていた。玄関三和土には革靴が残されて、土曜の夜の部屋に戻っていた。

 (なんだか、着替えで一時的に寄って感じ)
 (…………)
 (え? もしかしたら間借りって、着替え室代わりってこと?)

 そう仮定すると、北峰の荷物の少なさの説明がつく。通勤時間を節約したいといっていたし、真紘が思っている以上に北峰は遠方に住んでいるのかもしれない。都会ならあり得ることである。
 スーツから軽装に着替えた北峰は、すがすがしい顔をみせた。窮屈な服から解放されたといわんばかりに。
 彼はあまりスーツが好きでないのかもしれない。そうすると、スーツ着用が短時間で済むように更衣室としてここを使いたいというのが、間借りの真相なかもしれない。
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