90日のシンデレラ
 (いや、それだけじゃないだろう!)

 嫌な予感がして、真紘は洗面所へ向かう。
 ここも案の定、使用済みのバスタオルが洗濯機の中に突っ込まれていた。

 (夜中にやってきて、シャワーを浴びて、出ていった?)

 玄関横の北峰の部屋を覗けば、ご本人はいない。代わりに三本あったスーツが二本になっていて、前に着ていたのとは違うスーツが消えていた。
 服をカジュアルからスーツに着替えたのなら、靴は革靴を履いて出ていったに違いない。
 そう思って玄関三和土をみれば、革靴とスニーカーが並んでいた。スーツは減ったが、靴は二足に増えていた。

 (スーツに合わせて、靴を変えた?)

 オシャレ男子、ここに健在である!
 北峰には、北峰独自のこだわりがあるとわかる。だがコーディネートに気を回しても、真紘の存在については意に介していなかった。北峰はここで身支度を整えただけで、挨拶もなしに消えていた。

 (眠っている間に、そんなことがあっただなんて……)
 (全然、気がつかなかったよ!)
 (まぁ、いいんだけど)

 複雑な気分で真紘はリビングダイニングに戻る。自分だって、本日の出勤時間が迫っている。
 さっさと朝食を済ませて、真紘も借り上げマンションを出た。

 間借りといっても行動する時間が違っていれば、全然顔を合わさない。こんな彼の存在の痕跡だけを毎朝見つけるという不思議な同居生活がはじまったのだった。

 当初は「変だ」と思った同居生活だが、実はこれ、害のない同居生活であるともわかる。
 北峰はただ着替えにきているだけで、真紘に興味はない――真紘だって、研修課題が忙しくなって北峰どころではない。
 急に難しくなったタスクにあたふたしながらも真紘は、なんとか北峰の要望を盛り込んだレポートを期限ぎりぎりで仕上げた。提出日の夕方、真紘はマダム山形のいるコンペ室へ向かった。
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