90日のシンデレラ
 こんな姿を見せつけられると、先までのここに出入りできる限られた人間だという優越感がしぼんでいく。まだ真紘は、大村女史のようにあんなに堂々とコンペ総括者と協議できない。

 (話しかけるタイミングが難しいな)
 (私、お邪魔みたいだし……)
 (ここは、さっさと提出して帰ろう)

 「あら、椎名さん、いらっしゃい」
 後ろから声をかけられる。振り向けば、分厚い資料ファイルを三冊、両手に抱え込んだマダム山形がいた。
 「今日は作業かしら?」
 「いえ、レポート提出です」
 提出しようにもマダム山形は両手がいっぱいで、受け取るのは無理そうだった。

 「お手伝いします」
 と、真紘は申し出た。
 「ありがとう。では、これを」
 マダム山形も遠慮なく、お願いしたのだった。

 マダム山形の差し出すファイルを受け取って、彼女のあとについていく。大村女史と北峰の横を通り、パーティションの向こう側へ足を踏み入れた。真紘の記憶では、そこには北峰のデスクがあるはず。
 そしてそこには、でーんと巨大なプレジデントデスクが構えていた。

 (本社だと総括責任者クラスで、このサイズのデスクなんだ)

 真紘の社では、こんな広いデスクは社長室にしかない。こんなところにも、本社と孫会社の規模の違いを感じ取る。
 その北峰のデスクだが、机上には書類が数枚とペントレーがあるのみだ。たくさんの案件を兼任しているときいていたのだが、就任間もない役員のようなこざっぱりとしたデスクに真紘は意外な感じがした。

< 80 / 155 >

この作品をシェア

pagetop