90日のシンデレラ
 「ここにおきましょうね。椎名さん、ありがとうございました」
 マダム山形がプレジデントデスクの左隅に資料を置く。真紘もその隣にファイルを並べた。
 「今日()レポート提出なんですね」
 ひとまずの用件が済んで、マダム山形が本題を尋ねてきた。
 「はい。実は、前の分が再提出になってしまいまして……」
 「あらあら、そうだったの。瑠樹さん、厳しいからね~。皆、一回では受け付けてもらえないから、落ち込まなくてもいいわよ」
 覇気のない真紘の声からそんな推測して、そうマダム山形が励ました。

 (え?)
 (一回では受け付けてもらえない?)

 ダメ出しをいただいて必死で再作成したのだが、そんなことをきけば、また突き返されそうである。

 「大村さんは、まだまだかかりそうね」

 パーティションの反対側の様子を、そうマダム山形が断言する。
 常にこの部屋にいる(ぬし)は、北峰の進め方を熟知していていれば、コンペエントリー者のこともよくわかっている。先日会った大村は、北峰と協議をしたがっていた。今の大村は、その待望の協議をしている最中だ。
 マダム山形は「せっかく今日は瑠樹さんと会えたのだけど、あの様子では椎名さんまでたどり着かないかも」と仄めかした。真紘もそう思う。
 自分の分まで時間を割いてはもらえない――だが真紘としては、それでいい。
 「本日は提出の予定なので、これで失礼します」
 なんとなく、大村と北峰のディスカッションする姿をみたくなかった。大村の生き生きとする姿は、自分の劣等感を刺激するだけである。

 (自分の出来の悪いのは、仕方がないもんね。ここは気持ちを切り替えよう!)
 (業務改善コンペのレポートは提出した! 帰ったら、企画開発研修の続きに取り掛かる!)
 (仕事で本社にいるんだから、仕事しなきゃ!)

 マダム山形に課題レポートを手渡して、大村と北峰の邪魔にならないように、真紘は静かに部屋を出たのだった。
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