90日のシンデレラ
 ***


 気がつけば、真紘の東京本社出向も一ヶ月を過ぎていた。本社オフィスでいろいろコンプレックスを刺激されることはあるものの、基本、真紘の東京生活は有意義なものとなっていた。

 その一ヶ月の間に真紘が肌で感じたものは、こう。
 まず、ここでの仕事の質はハイクラスだということ。当たり前といえばそうなのだが、立ち話のような簡単な会話の中でも田舎では出会うことのない先進的な考え方が交ざっていて、真紘はハッとさせられる。
 周りの人たちのモチベーションはとにかく高くて、皆が真摯に業務に取り組んでいる。これも田舎孫会社とは全然違う。業績が上向きの企業とは、こんなヤル気に満ちた雰囲気なのだと思う。
 
 本日も一日の業務を終わらせて、帰宅途中で買い物をする。これ、実家から通勤していた真紘にすれば、なかなか新鮮な体験である。実家住まいであれば、食料品の買い出しなどする必要がなかったのだ。
 本社出向は先のとおりで、孫会社ののんびりさとは真逆の厳しいことばかり。だが、それを除けはひとり暮らしは楽しい。
 大学進学しても自宅通学で社会人になっても自宅通勤という実家からも地元からも離れる機会が、真紘にはなかった。そんな真紘にすれば東京でのひとり暮らしは憧れだったし、今の状況は本当に夢をみているよう。

 (このまんま東京転籍にならないかな~)
 (もちろん、もう少し、仕事がキツくない部署がいいんだけど……)
 (そんな虫のいいことは……ナイ、ナイ)

< 82 / 155 >

この作品をシェア

pagetop