90日のシンデレラ
 深夜に北峰はやってきて、シャワーを浴びて、例の玄関横の部屋で仮眠を取り、翌朝早くに着替えて出ていってしまう。その頻度は、二、三日に一回というところか。毎日ではない。間借り生活が一ヶ月になろうとする前に、これが北峰のパターンとして定着していた。

 同じ服を続けて着るのは憚れる――これは誰だってそう。ゆえに北峰は、日付が変わると服を交換する。それもローテーションがわかるような貧相なバリエーションでなく、多種多様。
 豊かなワードローブのために、北峰は新しい服をここに運び入れる。自分で持ってくることもあれば、宅配便で送られてくることもあった。
 そうして最初はスーツが三本だったクローゼットが、間借り生活が二週間が過ぎるころにはスーツとカジュアルウェアでパンパンに埋まっていた。

 他にも彼には謎のパターンがある。
 この部屋にやってきても真紘が起きる前に出ていってしまう北峰だが、朝食については食べたり食べなかったりする。
 初日のように勝手に真紘の食料をいただいたときは、後日詫びの品を持ってくる。まるで先日の朝ごはん代金といわんばかりに。
 この北峰の詫びの品、持ってくる量が半端ない。真紘ひとりでは一回で食べきれず、昼ごはんにしたり、翌朝に回したり、冷凍したりする。とにかく食すのが大変だった。これも真紘が料理を放棄した理由のひとつだ。

 (靴が増えているということは……)
 (昼間、ここに寄ったのかな?)
 (今日すれ違ったけど、あれ、出張帰りだったのかな?)

 出張帰りにここに立ち寄り、スーツからカジュアルに着替えて帰社する――これも数ある北峰のパターンだ。昼間のこの部屋は無人だから、気楽に北峰が出入りしていると思われた。真紘と違い勤務時間の不規則な北峰は、この昼間の時間を利用して服を運び込んでもいた。

 (とすれば、シャワー、浴びたかしら?)

 洗面所へいけば、予想どおり洗濯機にバスタオルが突っ込まれていた。新しい服を着るときには、体をきれいにしてからというポリシーが北峰にはあるらしい。
 真紘が持った北峰の第一印象は、清潔感溢れるオシャレ男子だった。このきれい好きの行動パターンが、あのインプレッションに結びついていた。

 (今日、シャワーを浴びたということは……)
 (今晩はこない、はず)

 バスタオルの残骸と今までの北峰の行動から、そう真紘は推測する。
 今晩はぐっすり寝れると思いながらリビングダイニングへいけば、テーブルに北峰の置き土産があった。

 (え? もう返ってきた?)

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