90日のシンデレラ
 このよそよそしい真紘の態度に対して、北峰は特に言及しない。レポートが提出されれば添削して、真紘の借り上げ社宅のテーブルに置いていく。ある意味、北峰だってよそよそしい。
 ふたつ案件を抱える身としては、これは時間が制約されないといえば、そう。気が楽といえば、それもそう。
 でもちょっと、寂しい気もする。

 この素っ気ない対応の裏の意味は、正式な本社社員でないから軽く扱われているからなのか、真紘のコンペ案件は本命でなくて当て馬だからなのか、はてさては最初のミーティングで真紘の能力に見切りをつけたからなのか。どれだろう、どれも考えられる。

 他にも北峰が真紘の部屋を間借りしているということも、その素っ気なさに関係しているかもしれない。物件が近くて都合がいいという理由で彼はこの部屋に出入りしているが、当然、社には秘密である。
 これは特に口止めされたわけでないけれど、真紘はずっと黙っていた。真紘に相談する相手がいなければ、風紀的にもよろしくなく公にすれば真紘の評判が悪くなるだけ。

 (まぁ、三ヶ月の社員だし)
 (間借りだって、ここまで無愛想なのは、変な未練みたいなものを作らないためだろう)
 (レポートの直しだって、不要なものはとことん省くっていうのが漂っているしなぁ~)

 北峰に構ってほしいような、構ってほしくないような……どこか矛盾した気持ちを真紘は抱え込んでいた。

 しかし、神様はどこか意地悪で、波乱万丈を好むらしい。
 本社出向という準社員の待遇に引け目や疎外感を感じ、女としての自信も喪失しかかっている真紘の元にアクシデントがやってくる。これは「シーナちゃーん」という北峰の弾む声とともに、やってきたのだった。
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