90日のシンデレラ
 この真紘の顔をみて、北峰はニヤリとする。思っていた通りの反応だと。
 大きな北峰の手のひらに行儀良く収まるそれは、中央部が少し膨らんでミニカーのような形状にもみえなくもない。丸いフォルムのピルケースだろうか? スイートポテトの金型? 何に例えればしっくりくるだろうか?
 
 「気分いいから、車を持ってきた。このまま走りにいくんだけど、ひとりじゃアレだから、シーナちゃん、付き合って」

 (車?)
 (走りにいく?)
 (付き合う?)

 また話が飛躍し過ぎて、真紘は頭がついていけない。しかも付き合えといわれても、真紘は風呂を済ませたパジャマ姿である。
 真紘が都会の洗礼された本社社員の中で埋もれてしまっている地味な女子であったとしても、これでも独身で花も恥じらう乙女である。こんな雑過ぎる格好で外に出るわけにはいかない。

 「どこがいいかな~、やっぱりあそこかな~」

 現状認識がますます難しくなって焦る真紘とは裏腹に、ひとり北峰は行き先を選定する。

 「あの……、話がよくわからないのですが……」
 「夜のドライブを誘っているんだけど。いいでしょ?」
 「え? そんな……私、もう寝る予定で……」

 もう寝る予定で、パジャマです。そう告げようとしたが、北峰の行動のほうが早かった。

 「いーじゃん、明日休みだし。今から出れば、ちょうどいい。いくぞ!」

 北峰はさっさとジュースを飲み干して、グラスをシンクに置く。グラスを離した手で真紘の手を掴みとり、柔らかな力で座る真紘を立ち上がらせた。そのまま彼女をマンションの玄関へと引っぱっていく。

 (いくって、どこによ?)
 (私、風呂上がりで、スキンケアもまだなのに!)

 この北峰の自己中心的なところ、最初の業務改善コンペのミーティングあとのエレベーター内のことを真紘は思い出す。
 真紘がいくら苦情を申し立てても、きっと北峰には通じない。今の北峰は喜びいっぱいの心理状態であれば、それ以外のことは一切みえていなかった。

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