90日のシンデレラ
 (あきらめて、ドライブにお付き合いするとしても……)

 北峰の強引さは経験済み。下手に逆らうのではなく従順に付き合うのが、一番早く解放される。そう真紘は判断し、覚悟を決める。
 だが、流石にパジャマ姿では外には出れない。玄関までたどり着いて、もう一度、真紘は抵抗する。
 自分に拒否権がないとしても、せめて何か羽織って外に出たい。運悪くご近所にこの姿をみられたりしたら、バカ娘と思われてしまう。期間限定といえども、カッコ悪い。

 急に真紘が及び足になったことに、北峰は気がついた。

 「あ、ごめん。風呂上がりだから、寒いよな」
 といって、真紘の手を離して自分のジャケットを脱ぐ。それを真紘の肩にふわりと被せた。

 (え?)
 (貸してくれるの?)

 予想外の気遣いに、これにも真紘は目が丸くなる。さっきまで北峰が着ていたものであれば、ほんのりと彼の体温と匂いが残っていた。
 ジャケットの残る北峰の断片に包まれて、少し真紘はときめいてしまう。だってこれ、カノジョに対するカレシの振る舞いではないか?

 (いやそうじゃなくて!)
 (危ない、危ない! うっとりしている場合じゃない!)
 (出かけるのなら、着替えさせて!)

 玄関先で立ち止まったまま、ひとり真紘は葛藤する。
 この真紘の静止に、北峰は北峰でこう解釈した。

 「それ、着てて。それでも寒いなら、車にブランケットがあるから。六月ならそれで問題ないはず」
 「あの、着替えます。少しお時間ください」
 「いや、そろそろヤバい」

 何とか真紘が着替えのことを口にするも、あっさり却下される。また謎の理由とともに。

 (ヤバい?)
 (何が?)

 「ほら、早く靴を履く!」
 「あ、はい」

 急かされるままに真紘は、裸足で履くことのできる靴、ミュールに足を突っ込んだ。

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