90日のシンデレラ
 いま真紘がパジャマとして着ているのは、ルームウェア。半袖と七分丈という組み合わせのカットソー&パンツセットで、カジュアルウェアショップのものだ。
 そのルームウェアの上に背の高い北峰のスーツジャケットを羽織ると、ジャケットの裾からは七分丈のパンツしかみえない。ルームウェアゆえにジャケットとは布の質感が違うが、夜の闇の中ではワイドパンツにみえなくもない。
 そして、足元はミュール。なんともいえない不思議なスタイルの真紘ができあがっていた。

 (こんな姿、ナシだろ!)

 鏡なんかみなくても、わかる。
 オシャレ男子北峰の服へのこだわり具合を知っている真紘にすれば、今の自分はドライブの伴には到底相応しくない。でも北峰は気にしていない。早く車に戻りたい、そんな空気しか彼からは伝わってこない。

 がっちりと真紘の手をつないだまま、エレベーターでなく階段を使って北峰は地上に降りていく。
 手をつなぐときけばロマンチックな感じがするが、どちらかというと真紘の逃亡を阻止するための意味合いが強い。
 半拘束のまま、四階から一気に地上まで下りていく。
 エレベーターホールの方向からは明々と光が溢れているが、メイン通路でない階段は夜十一時ともなれば薄暗い。視界の悪さとミュールの足の不安定で、真紘は転びそうになる。

 「あ、ごめん。でも、我慢して」

 真紘がよろめきそうになれば、転倒しないように北峰はガードする。一度、大きく真紘の体が傾いたときには、北峰はジャケットの上から両腕で真紘を包み込んだ。とっさに真紘だって彼の腕にしがみ付いた。

 急接近が起こって、真紘はかっと頬が熱くなる。スレンダーな体形の北峰だが、やはり成人男性。真紘を包む腕は逞しい。
 息を整えながら、真紘は暗くてよかったと思う。こんなに頬が熱いのだ、きっと真っ赤な顔になっている。胸元に掛かる彼の左腕にも、自分の心臓の振動が伝わってしまわないかと気になって仕方ない。

 「もうすぐ地上だ、気を付けて」
 「あ、はい」

 軽い警告とともに北峰の腕から真紘は解放される。カットソーとジャケットの間に空間ができて、抱きしめられたときに得た熱量も去っていく。

 (真紘、勘違いするな)
 (偶然よ、偶然の結果)
 (あー、もう、心臓に悪い!)

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