90日のシンデレラ
 一階までたどり着けば、植え込みを挟んで普段使うエントランスホールの反対側に出ていた。ちょうどマンションの駐車場入り口の近くである。
 車を持ってきたというから、この駐車場のどこかへ向かうのかと思うと、北峰は逆方向へ、表通りへ歩み出す。依然、しっかりと真紘をの手を握っていて、これは真紘が夜道に迷子にならないようにと変わっていた。

 「北峰さん、来客用の駐車場はあちらなのでは?」
 「残念ながら、満車だった。仕方ないから、近くに置いてきた」

 だから『時間がない』のか。真紘は納得する。

 (でも、この近辺に駐車場なんて、あったかしら?)
 
 単身で本社出向の真紘は、もちろん車はない。マンションの来客用駐車場だって、あるんだなぁ~ぐらいの感覚で、同じようにマンション周辺の駐車場事情など知らない。

 夜十一時の街を手をつないで歩いていく。
 ふたりが歩く道は、すごく明るいというわけではない。でもすごく暗いというわけでもない。
 真紘の実家付近だと、この時刻だと真っ暗である。住宅街に建つ家であれば、街灯のない行き止まりがたくさんあるからだ。
 しかしこの町は違っていた。夜だけど完全な闇に覆われない都会に人の往来が残っていれば、まだまだ人の活動の匂いがする。こんな眠らない夜の風景をみたのは、久しぶりのことだった。

 車を近くに置いてきたというだけあって、夜の街路の散歩はすぐに終わる。
 とあるスポーツセダンが路駐されていた。メタルパールホワイトの車体が遠くの街灯のオレンジ色の光を受けて、シャンパン色に輝いていた。

 「どうぞ」

 ふたりが近づくと、勝手にドアロックが外れる。
 北峰が助手席を開いて、真紘に着席を促す。まるで、カノジョを迎えにきたカレシのように。
 無言で真紘が見上げると、街灯の光を受けて茶色の髪がますます明るい茶色になった北峰がいる。優しい目をして真紘のことを見下ろしていた。


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