90日のシンデレラ
 北峰にエスコートされて真紘が車に乗り込めば、すとんと体がシートに沈む。

 (?)

 車に乗るのはもちろん初めてではない、でも違和感がある。視界が歩いていたときよりもぐんと下がって……

 (あ、そうか!)

 違和感の理由がすぐにわかった、この車は車高が低いのだ。これが走りを重視したクーペタイプであれば、低重心な構造なのだ。

 (家のワゴン車からみるのと、ずいぶん風景が違うな~)

 のんきに真紘は思う。北峰の車の中からみえる風景は、地面のぎりぎりのところから見上げているような感じ。頭上で輝いていた窓の明かりや街灯が、さらに高い位置に変わっていた。
 ほぼ地面と同じ高さのシートだからなのか、車中がとても暗い。よくよくフロントガラスをみてみれば、この傾き方がすごく遠浅だ。走行中の空気抵抗を減らすための設計であれば、採光が限られていた。

 (クーペって、こんな視界なんだ)

 普段乗るタイプとは全く異なる種類の車の、その中からの風景に、そんな感想を真紘は持つ。
 その間にも北峰はぐるりと運転席へ移動し、後部座席からブランケットを取り出してきた。
 「はい、どうぞ」
 と、北峰は自分が運転席に着く際に、真紘の膝にポンと乗せる。慣れたそのしぐさに、このブランケットが常に載せてある代物だとわかる。

 六月の夜は、そこまで寒くない。でも真紘は、パジャマ一枚のところにスーツのジャケットを羽織っただけ。足元はミュールで裸足となれば、やはり心もとない。素直に真紘はシートベルトを締めて、その上からブランケットをひざ元に掛けた。

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