90日のシンデレラ
 さらによくよくきけば、北峰の両親はスーパーカー世代とのこと。
 北峰いわく「何を思ったのか、あんな年になってスポーツカーに乗りたいといい出して、こんな車をオーダーしてしまった。なのに悲しいかな、心は若くても体は老人で、運転するのは疲れるんだと、よ」と。ケラケラ笑いながら、北峰はハンドルとシフトを操作する。
 さらにいま真紘が使っているブランケットは、同乗する寒がりの母親のためのものであった。

 車が高級スポーツセダンであることもさることながら、それは特注車でご両親のもの。車の経緯がわかれば、真紘は助手席で硬直してしまう。北峰の車であっても緊張するのに、その親のものであるとなればもっとである。
 到底乗ることのない豪華な車に乗せられて、好奇心のままに真紘はじろじろみてしまった。なんとも恥ずかしくもあれば、これは失礼でもある!

 (どうして、こう……何て、いうの?)
 (予想の付かないことばかり、起こってしまうの?)
 (このまま、ここに乗っていてもいいのだろうか? いやでも、ここで降ろしてともいえないし……)

 親の車とわかったとたんに、ますます小さくなった真紘にむかって、北峰はいった。余裕綽々の声で。
 「安心しろよ、たまに乗るマニュアルだからってぶつけたりしないから。そこまで下手じゃない。これから首都高にのるから、窓外をみて夜の東京見物していればいいよ」
 真紘の緊張する様子を、マニュアル・ドライブのことを不安がっていると北峰は勘違いしていた。

 窓外をみて夜の東京見物していればいい――これは、黙って乗っていろということなのだろう。
 都合よく誤解されて真紘はほっとする。上司といえども北峰との接触を、真紘は極力避けていて慣れていない。気の利いた会話など、できない。このまま黙っているに限る、真紘は覚悟する。
 それに、真紘を隣に乗せて北峰は無茶な運転はしないはず。事故なんかになってしまえば、後々の釈明が面倒くさい。
 カノジョでも何でもない田舎から出向していた女性部下が助手席に乗っていたなんてこと、このことを「はい、そうだったのですね」とお人好しに解釈する人はいない。北峰の立場を考えれば、絶対に事故らない。そう確信もできた。

 一瞬スピードが落ちたかと思ったら、車は坂道を登りだした。インターチェンジの入り口ランプが目の前に迫っていた。
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