90日のシンデレラ
 クーペは減速し、開いたETCバーを通り抜ける。加速車線に入ったとたん、体がシートに押さえつけられた。車は、本線合流の準備にかかっていた。
 パワフルなエンジンであれば、加速の仕方もダイナミックだ。走行制限速度のリミッターが外れ、街中で走るのとは全然違うスピードにまで、あっという間に到達する。
 クーペのすぐ隣を、たくさんの車が、同じような速度で走行している。高速道路だから、当たり前といえば当たり前。
 でもこれ、高速バスに乗って高い位置からみているのと、真横で追い越していくのとは感覚がまったく違う。

 (わー、待って! このスピードで、この道って、狭くない?)
 (首都高って、こんなものなの?)

 田舎の高速道路しか知らない真紘には、首都高速の車線幅は驚異の狭さだ。そんな狭いところを、あんなスピードで走っていれば、いつ事故が起こってもおかしくない。ハラハラしかない。

 軽く体が浮いて下りカーブに入ったと思ったら、そのまま高架下の車道に入る。橋梁下の暗い車道を案内をしているのは、古ぼけた道路灯のみ。トンネルとは違う不均一なオレンジ色の光に沿って、黒い物体が蠢いている。もう真紘には地下洞窟か迷宮に向かう怪物の行列のようにみえた。

 (あの大きいのは……トラック?)
 (え、ちょっと遅くない?……え、え! あ、ぶつかりそう!)
 (あの横、抜けるの? こ、怖い)

 マニュアル・ドライブのクーペは、いくつもの橋げたの間をすり抜けて、ガードレールのギリギリのところを掠め、何台も車を追い越していく。こんな北峰の運転に、助手席でカチコチに固まった真紘がいる。
 そんな真紘のことを知ってか知らいでか、北峰はご機嫌のまま。柔らかな動作でハンドルを操っている。
 窓外をみて夜の東京見物していればいいよ、などといわれたが、そんな余裕、真紘にはまったくなかった。
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