やっぱり…キスだけでは終われない
「お待たせ。これをカナに返したくてさ」
彼の手にはシンガポールで会った時に着ていたワンピースがあった。
「これ…。持っててくれたんですか?」
「もちろん。これはカナとの大事な思い出だからな」
そういうと手を繋がれて、再び車に乗り込む。
今度は私の住んでいるマンションの前に車を停める。
「あぁ…本当は帰したくないな…。でも、カナは明日は仕事なんだよな…」
「柾樹は仕事じゃないの?」
「シンガポールから早く戻ってきたくて、ずいぶん詰め込んだからね。今は基本的には休暇中で、急ぎの仕事をする時に少し会社に顔を出す程度ですんでる」
「そうなのね…」
「なぁ。明日も会いたい。会社の近くまで迎えに行くよ」
彼の手が私の頬に寄せられて、外の僅かな明かりでも顔がはっきりと見えるくらいに近づいてくる。
…チュッ…
温かい唇が額に触れた。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休んで」
離れていく柾樹の唇と手に寂しさを感じたけれど、このまま一緒にはいられないことは分かっている。
「あ…送ってくれて、ありがとうございます」
「あぁ…おやすみ」
「おやすみなさい」
今度こそ車のドアを開けて降りる。彼の車を何度も振り返って見てしまう…。名残惜しいって、こんな気持ちなのかもしれない。
いつもは感じたことのなかった一人のベッドが、今夜は少し寂しく感じた。