英雄閣下の素知らぬ溺愛
 カミーユを座らせたアルベールは、その足元に跪いてこちらを覗き込んでくる。心配そうな表情を向けてくる彼に、カミーユは微笑んで「私は大丈夫ですよ?」と呟いた。彼を安心させたくて。

 アルベールはそれでも心配そうな顔をしていたけれど、一つ息を吐いて、その顔に笑みを浮かべた。「君がそう言うならば、信じよう」と言いながら。



「だが、しばらくはここで休んでいてくれ。ここならば、外に王宮の使用人もいるから、安心して過ごせるはずだ。あと数人挨拶をすれば、私の仕事も終わり。この夜会で他に用はないから、早々に帰れそうだ。屋敷まで送ろう」



 アルベールはカミーユの手に触れると、少しだけ困ったような表情を浮かべる。後ろ髪を引かれるような、そんな顔。

 先程、広間で口にした言葉は口実だったのだろうと分かってはいたけれど。「アルベール様、お疲れでしたら、休憩された方が……」と、声をかける。いくら慣れているとはいえ、あのような沢山の客人たちの相手をして、疲れを覚えないはずもないのだ。加えて、カミーユが男性に触れられることのないよう、アルベールが常に気を張っていたのをカミーユ自身も気付いていたから。

 少しでも疲れを癒した方がとカミーユは思い口にしたけれど、アルベールは嬉しそうにその顔を緩めた後、首を横に振った。「ありがとう、カミーユ」と言いながら。



「だが、君のためにも、早い所この夜会を辞したい。……その代わりと言ってはなんだが、この夜会が終わった後、しばらく共にいても構わないだろうか。いつも通り、君の屋敷で共に時間を過ごしたい。もちろん、君の名誉を害するようなことはしないと誓おう。君と共に過ごすことが、私にとって最適な癒しだからな」



 優しく微笑んで言う彼に、否やと応えるはずもなく。カミーユもまた笑みを浮かべて頷く。「もちろんですわ」と応える声には、彼と共に過ごせる喜びが混ざっていた。

 アルベールが扉の前の使用人たちに、「カミーユの血縁者が来た場合以外は誰も通すな」と告げるのを見ながら、カミーユは思わずふふ、と笑ってしまった。彼の過保護ぶりが、少しだけくすぐったくて。それでいてとても嬉しかったから。



 国王陛下も仰っていたけれど、私も、アルベール様に守られてばかりではなくて、アルベール様の力になりたい。……幸せだと思って頂きたい。



 だから、もう少し外に目を向けて、少しずつでもこの男性恐怖症を治して。彼を支えられたら。

 そう思えることが、カミーユ自身、とても嬉しく、誇らしかった。彼の、アルベールのおかげで、少しずつでも確実に、前に進んでいるのだと感じるから。



「社交界に出るのはまだ怖いけれど、きっとアルベール様も応援してくださるもの。頑張ってみせるわ」



 手始めに、先日のベルクール公爵夫人のお茶会のように、男性よりも女性が多い社交の場にもっと顔を出すようにしようと、そんなことを思った時だった。

 ドンドンッ、と、部屋の扉が激しく音を立てて叩かれたのは。
< 100 / 153 >

この作品をシェア

pagetop