英雄閣下の素知らぬ溺愛
 テオフィルの指示で侍女が来ることになっているから、乱れた令嬢の髪形も整えられるため、大して広間の客人たちの気を引くこともないだろう。当たり障りのない会話をしてやり過ごせば、問題ないはず。

 そう思っていたら、別室で休むために騎士と共に部屋の扉の前まで進んでいた令嬢が、「あの……」と小さく声を上げた。



「私、皆さんに先程の出来事を伝えてもよろしいでしょうか? エルヴィユ子爵令嬢が、身を呈して助けてくれた、と。そしてブラン卿と陛下が助けてくれたのだ、と」



 「エルヴィユ子爵令嬢は素晴らしい方なのだと、友人たちに伝えたくて……」と、もごもごと続ける令嬢は、その頬を僅かに赤く染めていて。驚いた様子のカミーユを余所に、テオフィルは面白そうに笑って、「それは良い」と応えた。



「ミュレル伯爵の婚約者の事を知りたがっている者は大勢いるからな。話題にもなるだろう。そうすれば、おかしな噂が立つ事もないだろうからな」



 うんうん、と頷くテオフィルにカミーユは恐縮したように「そんな、私は、何も……」と言うけれど。これに応えたのは、彼女に庇われた令嬢であった。



「何もだなんて、とんでもないですわ! 子爵令嬢は、私の姿を見た時に、扉を閉めることも出来たのです。ううん。そもそも、扉を開けないことだって出来たはず。それなのに、危険を冒して助けてくれたんだもの。廊下の先は行き止まりだから、令嬢が開けてくださらなかったら、私は……。だから、令嬢がとてもお優しい方だって、皆さんにお伝えしたいのです」



 言い切る令嬢の決意は固いようで、それを止める必要もなく。カミーユは少々呆気に取られた様子で令嬢の顔を見た後、気恥ずかしそうに笑っていた。



「話もまとまったようなので、私たちはこれで失礼します。陛下には、くれぐれもこの件の調査をよろしくお願いいたします」



 カミーユの方へ手を差し出し、その手に彼女の手が重なったのを見届けて、アルベールはそう切り出した。会場には、まだ挨拶をしていない者もいたが、今はカミーユを早く休める場所に送り届けるのが最優先である。

 国王であるテオフィルがいるにも関わらず、早々に退出しようとするアルベールにカミーユは驚いた様子だったが、テオフィルは慣れた様子で「ああ、任せておけ」と言って道を譲ってくれた。「行こうか、カミーユ」と言って、彼女の歩幅に合わせ、扉の方へと足を進めて。

 テオフィルのすぐ傍まで来た時、僅かにアルベールは足を止めた。



「私の最愛を傷付けた者たちとは、ぜひ、私自ら話がしたいと思います。……俺たちがここに来るのを阻んだ小細工と言い、あの二人だけの仕業とは思えん。先程の令嬢を狙ってか、あるいは……。あの二人を泳がせてでも、尻尾を掴んでくれ」



 エスコートする手は冷え切り、縋るようにアルベールの手をぎゅっと握っている。カミーユをここまで怯えさせてくれたのだ。最大限の礼をしてやらねば気が済まない。

 カミーユに聞こえぬよう、ぼそり、と呟いた声に、テオフィルもまた「元より、そのつもりだ」と言って頷いていた。
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