英雄閣下の素知らぬ溺愛
 王宮に護衛の騎士を従えて立ち入ることが出来るのは、王家の者か、王位継承権を持つ者、その配偶者に限られた話。
 カミーユは王位継承権を持つアルベールの婚約者ではあるが、まだ結婚したわけではなく。現状、その枠に入らないのである。

 にも関わらず、無理にでも騎士を周囲に配置すれば、下手すれば反逆を疑われる結果となっただろう。アルベールが王位継承権を持っているから、なおのこと。だからこそ、アルベールもまたそれが出来なかったのだと、分からないはずもなかった。



「結果として何もなかったのですから、大丈夫です。本当に、アルベール様のおかげで助かったのですよ? 気を遣ってくださって、ありがとうございます」



 アルベールの言葉にふるふると首を横に振り、そう言って微笑む。心配性な彼に、少しでも安心してもらえるように。

 そしてそれは、紛れもなくカミーユの本心。最終的には、彼のおかげで何もなかったのだ。だから。

 そう、思うけれど。



「結果として、か。……君に、そんな顔をさせてしまっている自分が、一番情けない」



 アルベールはそう、泣きそうな顔で言った。真っ直ぐに、こちらを見ながら。

 そんな顔とは、一体どんなものだろうか。思い、知らず首を傾げるカミーユに、アルベールはその手を伸ばしてくる。「触れても良いだろうか?」と、不安そうに問いかけてくる彼に頷けば、彼はそろりと、壊れ物にでも触れるかのように、カミーユの頬にその指を添わせた。



「君は、無意識なのだろうな。私にとって、……俺にとって、君がそうやって、何でもないような顔で涙を堪える姿を見るのが、……一番つらい」



 彼が言うと同時に、頬に触れていた親指が肌の上を滑る。するりと動いた先は、カミーユの目許。そこから目尻まで、涙袋を軽く抑えるようにして、撫でられて。

 ぽろりと、生温かい雫が、零れた。

 あ、と思った時にはもう、遅かった。



「こ、れは、ちが……」



 ぽろぽろ、ぽろぽろ。押し流された涙に引きずられるように、次々と、両の目から雫が零れ落ちて行く。まるで、感情の制御の仕方を知らない、幼い子供のように。
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