英雄閣下の素知らぬ溺愛
 自分がカミーユの元を離れた隙に、休憩室へと続く廊下の鍵が閉められ、使用人が姿を消した。その中に、カミーユともう一人別の令嬢、そして社交界でも有名な、素行の悪い高位貴族の子息たちを閉じ込める形で。



 カミーユが令嬢を助けた、と言っていたが……。おそらくは、あの令嬢が巻き込まれた方だろう。そうでなければ、控えていたはずの使用人がいなくなったことの説明がつかないからな。



 カミーユの元へと向かう途中に令嬢がいたため、襲ったというだけだろう。彼らはそういう人間だ。もしくは、背後にいる人物に、誰を襲うか、という話を聞いていなかった可能性もある。何にしても、狙いはカミーユだったのだろう。



 ……いや、俺がカミーユを大事にするあまり、見落としていることも多いはず。断定せずに、まずはあの男たちに話を聞いた上で、精査してみなければ。



 あの男たちを殺してしまいたいと思う気持ちに変わりはなかったが、そうすれば全てが有耶無耶になってしまう。カミーユを脅かす全てを把握するまでは、我慢しなければと、アルベールは僅かに溜息を吐いた。

 馬車は何事もなく、エルヴィユ子爵家に到着した。毎日訪れているため勝手知ったるその屋敷の中を、アルベールは眠るカミーユを横抱きにしたまま、進んで行く。使用人たちが恐縮して彼女を預かろうと言ってきたのだが、アルベールが断ったためだ。

 カミーユが男性を怖がるために、彼女の身体を支えようとしたのは二人の侍女だった。二人がかりであっても人一人を抱え上げることは難しく、一時的に彼女に起きてもらう必要があるわけで。疲れ切って眠る彼女を起こすのは忍びなく、アルベールがそのまま運ぶことにしたのである。

 少しでも長くカミーユの傍にいたいという下心が、ないはずもなかったが。

 初めて足を踏み入れた彼女の部屋は、エルヴィユ子爵家の人間らしい、というべきか、飾り気の少ない、落ち着いた雰囲気の部屋だった。最低限必要な家具のみが置かれているようで、そのうちの一つ、ベッドサイドの家具の上に、見覚えのある木箱を見つけて目元を細める。アルベールが渡したその木箱の中に何が入っているのか、忘れるはずもなかった。



「やはり、先に渡しておいて良かった。……これを見る度に、君が俺の事を思い出してくれるならば、これ以上幸せなことはない」



 眠りを妨げることのないように、ゆっくりとカミーユの身体をベッドへと横たえる。ふわりと広がった茶色の髪を掬い上げて、その先に口付けた。どうか、幸せな夢を見られるようにと、願いを込めて。
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