英雄閣下の素知らぬ溺愛
 実は彼こそが、今回の件での一番の功労者といえよう。休憩室へと繋がる廊下への扉に、使用人が鍵をかけた所を見かけ、アルベールにそれを伝えてくれた人物だからである。過去にカミーユに対して行ったことを完全に許す気はさらさらないが、彼のおかげで最悪の事態を避けられたことに対しては、心底感謝していた。



「あまりそう睨むな、ブラン卿。マイヤール卿は、カミーユ嬢に直接謝罪したくてあの扉の近くにいたそうだ。会場ではお前たちの周りにひっきりなしに人が来るものだから、休憩室へ向かったのを見て追いかけたそうだ。だが、扉の前に使用人がいた上に、お前も会場に戻って来た。再び会場に戻って来た時に謝罪しようと、待っていたらしいぞ」



 「彼女を怯えさせてしまったことを謝り、処分を軽くしてもらったことへの感謝を告げたかったそうだ」と続いたテオフィルの声に、なるほどと一人納得する。やはり皆が皆、バルテ伯爵家の令嬢のように、身の程を知らぬ者ばかりではないということだろう。

 アルベールの視線に怯えるように蒼くなったディオンの顔を見れば、本当に謝罪と感謝以外の意志はなかったのだろうと確信も出来た。そうでなければ、蒼褪めるほど恐ろしいと思っている相手の元に、わざわざ来るはずもないからだ。

 過去のことを水に流す、とまではいかないが、横に置いておくことくらいはすべきであろうと思い、アルベールは一つ息を吐くと、「警戒してしまい、すまない」と素直に謝る。ついで、「本当に助かった」と言って、アルベールは頭を下げた。



「貴殿の進言のおかげで、最悪の事態は免れた。感謝する」



 心の底から、本当に。もし彼が気を回して自分に声をかけることをしなければ、カミーユは。考えると、ぞっとする。

 ディオンはアルベールの態度に恐縮したように、頭を振った。「い、いえ! 僕は当然のことをしただけで……!」と、困ったように言う彼に、思わず笑った。余程怖がらせてしまっていたようだ、と。



「そう必要以上に畏まらないで欲しい。良ければ今回の件、貴殿にも協力してもらいたいからな」



 人々の噂により、カミーユが二人の男たちに襲われる令嬢を助けたということだけは、すでに周知の事実となっているけれど。扉の前から使用人が消えたことや、扉に鍵をかけられたことは、誰も知らない。なるべく、必要最低限の人数で、解決したかったから。

 すでに内容を知っている人物がいるのであれば、協力してもらうに越したことはなかった。

 ディオンもすでにそのつもりだったのだろう。その表情を真面目なそれに変えて、「エルヴィユ子爵令嬢に恩を返すためにも、最大限、努力させて頂きます」と、応えてくれた。
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