英雄閣下の素知らぬ溺愛
「……さて、そろそろいいかな? ここにいる三人で彼らを尋問した結果だが……、依頼人がいることは分かったが、それが誰かは分からないと言っていた。何でも、少し前に行われた仮面舞踏会で見知らぬ令嬢に頼まれたそうだ。『貴方たちが家から勘当されるという話を聞いたが、その後も遊んで暮らせるだけの金を渡すから、最後に一度だけ、とある令嬢を襲ってくれないか』と言ってな」



 「一応、招待客の方も当たってみるが、顔が分からないため、そちらからの特定には時間がかかるだろう」と、テオフィルは続けた。



「実際、会場で噂を聞いたあの二人の家の当主たちは、彼らと縁を切ることを決めたようだ。先程、貴族名簿からの除名を願う手紙が届いた。すでに用意していたのかもしれないな。彼らも、あの二人の蛮行の後始末に嫌気が差していたのだろう。裏でかなりの金額が動いていたようだから。おかげで、囮に使っても誰も気にしないだろう」



 気分の悪い話だとでも言うように、テオフィルは息を吐いた。それに頷き、アルベールは「使用人の方は見つかりましたか」と問いかける。応えたのは、静かに話を聞いていたディオンであった。



「使用人の方は、彼が鍵をかけて会場を出る時に、傍にいた見回りの護衛騎士の方に追ってもらうように伝えておきました。直に連絡が来るかと」



 すらすらと返って来た言葉に内心で驚く。思ったよりも気の利く人間のようだと、そう思った。なぜそのような人物が、王族が利用することもあるオペラハウスのシークレットルームに押し入るような事をしたのだろうか、とも。

 疑問に思うアルベールを余所に、テオフィルは「あの二人を泳がせる件だが」と口を開いた。



「今日の内に放てば、警戒されるだろう。明日、令嬢たちの話を聞いた後に王宮から出すことにする。金を貰う約束だったと言っていたから、彼らの向かう先には、背後にいる人間に関わる者がいるはずだ。まあ、計画が上手くいっていないわけだからな。その場に来なかった時は、再度あの二人に話を聞こう。……顔は見えずとも、相手が誰なのか薄々分かっているはずだ。本当に金を持っているかも分からない見知らぬ人間と、確証の無い約束などしないだろうからな」



 無理矢理話を聞いても、本当のことを口にするとは限らない。その者が捕らえられれば、自分たちが王宮から出た後の保証がないからだ。しかし、その保証さえも最初からないと分かれば、口を割るだろう。余程の忠義者でもない限り、騙されたと分かって進んで罪を被る人間など、いないだろうから。仮面舞踏会などという、相手が誰なのかも分からない状態で依頼をするような相手ならば、尚の事である。

 「それで良いか?」と、口にせずに問いかけてくるテオフィルに、アルベールは一つ頷く。彼の言葉には、素直に同意する。けれど、もし彼の言い分通りに行かず、この国の中を虱潰しに探すことになったとしても、絶対に探し出すつもりだ。そして。



「……俺の婚約者に手を出せばどうなるか、思い知ってもらわなければ」



 低く、知らず零れた言葉。エルヴィユ子爵家の名代として事の始終を見守っていたジョエルが、乾いた笑みと共に「僕は君を尊敬するよ、カミーユ嬢……」と呟いていて。テオフィルとディオンもまた、頬を引き攣らせながら頷いていた。
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