英雄閣下の素知らぬ溺愛
 いつまた何をしてくるか分からない相手なのだから、いっそのこと罠を仕掛けて待った方が良い。そうすれば少なくとも、結婚式までの間で事は終わるはずだ。

 そんなことを考えていたから、気付かなかったのだ。自分以外の面々が、驚愕の表情で自分を見ていることに。



「……いや、まあ、それは確かに、そうすれば相手方もかなり動揺するだろうし、襤褸も出すかもしれないけど、さ」



 そう、言い難そうに口を開いたのは、この国の王である青年であった。



「ブラン卿の結婚式の相手はもちろん、カミーユ嬢でしょう? ……今のって、正式な結婚の申し込み、ってことになるよね……? 良いの? そんな感じで」



 おそるおそるといった、テオフィルの口調。伺うような視線。

 言われて、何のことかと首を傾げたカミーユは、次の瞬間はっと息を呑む。考えてみれば、そうなってしまうからだ。

 正式な結婚の申し込み。それは政略結婚の多い貴族同士の結婚において、婚約期間を置き、真に結婚することを申し入れるための行為である。『真なる求婚』と言われることが多い。

 『真なる求婚』は男性側から行われ、想いの丈を伝えるために盛大に行われるほど、想いが深いとされるのだ。人によっては神殿やレストランを貸し切ったり、結婚式そのものと同様にお互いに着飾った上で行ったりと、想いが深ければ深いほど、派手な求婚となる、ギャロワ王国の伝統の一つである。

 それを、今言ってしまったのだ。女であるカミーユから、王宮とはいえ執務室の、簡素な場で。結婚式をすればどうだろう、なんて適当な言葉で。

 事実に気付いた瞬間、カミーユは真っ赤を通り越して真っ青になっていた。



「わ、私、何ということを……! も、申し訳ありません、アルベール様!」



 慌ててアルベールの方を向いて謝罪を口にすれば、アルベールは驚いた顔でカミーユの顔を見つめる。「いや、俺は……」と、彼は何か言葉を紡ごうとするけれど。

 「逆に、良かったんじゃないか?」という、テオフィルの声にそれは阻まれた。



「一度目の求婚はブラン卿がしたんだし、二度目はカミーユ嬢からでも。何も伝統が全てではない。ブラン卿も、カミーユ嬢から求婚されたんだ。嬉しいだろう」



 楽しそうな笑みを浮かべて、テオフィルはそう告げる。アルベールの方を見れば、彼は嬉しそうに微笑みながらカミーユを見ていて。テオフィルの言葉に、「とても」と返していた。

 確かにテオフィルの言う通り、アルベールからはすでに求婚されているわけで。それを考えれば、今回カミーユから求婚する形になったのは、むしろ良いのかもしれない。

 カミーユ自身も、いずれはアルベールと結婚するのだと思っていた。昨夜の件も有り、結婚そのものを諦めていた以前とは違って、彼との日々を望む自分にも気が付いていた。彼と夫婦となれたら、ずっと傍にいられるのだと思うと、その日を待ち遠しくさえ思う。

 けれど、だ。

 「……もし、私から正式に求婚して良かったのならば」と、カミーユは小さく呟いた。



「もっと盛大に行いたかったですわ。我が家門はあまり贅沢を好みませんが、想いの深さに比例していると言われるのなら、私の出来得る限り、精一杯飾った場所で、アルベール様に結婚してくださいって言いたかったです」



 私としたことが、と後悔に俯くカミーユは気付かなかった。

 にやにやと楽しそうに笑うテオフィルにも、微笑ましそうにこちらを見るディオンにも。
 真っ赤になってしまった顔を片手で覆って、緩んだ表情を見せまいと必死になっている、アルベールの姿にも。最後まで、気付かないままだった。
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