英雄閣下の素知らぬ溺愛
「ごきげんよう、カミーユ嬢。……こうして君と言葉を交わすことが出来て、とても嬉しい」



 言って、アルベールはすっとその手を差し出してくる。女性の手を取り、その甲に軽く口付ける素振りをする、ギャロワ王国の貴族の間では一般的な挨拶。

 エルヴィユ子爵家の面々が、はっとしたようにこちらに足を進めようとする。男性恐怖症であるカミーユがそのような挨拶を受けられるはずもなく、いつもならば先回りをしてバスチアンやジョエルが庇ってくれていたのだ。

 しかしあまりに自然に手を差し出して来たアルベールを拒否することも、誰かが間に入ることも出来ず。カミーユはただ、呆然とその手を見ながら、震えそうになる手を必死に重ねようとして。

 さっと、アルベールが自らの手を引いた。カミーユの手が、触れる前に。



「良ければ、邸を案内して頂きたい。構わないだろうか」



 驚くカミーユにそう言って、アルベールは僅かに首を傾げて見せる。さらりと短くなった銀の髪が揺れるのを見ながら、カミーユはこくりと一つ頷き、「もちろんですわ」と呟いた。

 一定の距離を保ったまま、二人並んでゆっくりと歩き、カミーユは彼に屋敷の中を案内していく。子爵という地位にある者の住むタウンハウスにしては、エルヴィユ子爵家はそれほど大きな屋敷ではない。ギャロワ王国に多い、パラディオ様式の建築物で、広間や応接室、客室など、必要最低限の部屋が揃っているだけの、貴族というよりは、階級の高い騎士の邸宅といった様相である。

 屋敷の南側、陽当たりの良い位置に設けられたサンルームで、カミーユはバスチアンと共に、アルベールと向かい合う。
 さすがは王家の血を引く大貴族というべきか、ゆったりと椅子に腰かけるアルベールは堂々としていて。居心地悪く座っている自分や父と、どちらがこの屋敷の主人か分からなくなりそうだった。
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