英雄閣下の素知らぬ溺愛
「普通ならば、早々に始末してしまっているだろう。彼らの計画が成功していたら、彼ら自身も背後にいる者も、諸共に処罰は免れない。それを知っていながら、隠れ場所まで都合しているということは……」



 王宮内でかなりの力を持っており、相手が王位継承権を持つ自分であってもなお、処罰から彼らを守ることが出来る自信がある者か。

 アルベールがカミーユを愛するがゆえに、事件そのものをなかったことにして、彼らを解放するだろうと思っている者か。それとも。



「……反対に、お前の、カミーユ嬢への愛情を甘く見ていて。カミーユ嬢が襲われたと知るなり、お前が早々に婚約を解消し、あの二人の事もそれなりの処分ですませると思っている者、か」



 考えられる可能性の選択肢が多く、アルベールは息を吐く。これだから、社交界は嫌いなのだ。誰もが笑みを張り付けたあの世界は、誰一人本心を表に出そうとはしないのだから。

 「マイヤール卿は一緒じゃないのか」と、アルベールは再びテオフィルに問う。限られた者にしか知らされていないこの件において、ディオン・マイヤールは最も社交界に精通している人物だからだ。

 テオフィルは、「何か調べ物があるらしい」と言い、手にしていた焼き菓子の最後の一欠片を口に含んだ。



「思い出したことがある、とか。もうすぐここに来るはずだ。オペラハウスの観劇を口実に、話をしてくると言っていたからな」



「思い出したこと?」



 一体、何を思い出したというのだろう。僅かに首を傾げたアルベールに、テオフィルはまたもぐもぐと咀嚼しながら、「さて、な」と応えた。



「調べ終えたら、ここで合流するように伝えておいた。オペラハウスの公演が終わる時間に来たつもりだから、そろそろ……。ああほら、来たようだ」



 こんこん、と部屋の扉が叩かれる音で、アルベールはそちらへと顔を向ける。入って良いという旨を伝えれば、使用人が扉を開き、ついでディオンが姿を現した。「陛下、ミュレル伯爵閣下、ご機嫌麗しく」という、聞き慣れた挨拶を口にしながら。



「思ったよりも早かったな、マイヤール卿。調べ物は完了したかな?」



 テオフィルの指示で、アルベールの隣、もっとも扉に近い位置のソファに座ったディオンは、こくりと頷いて「無事に」と返す。どうやら『思い出したこと』とやらの調べ物が終わったらしい。何やら懐から、折りたたんだ紙を取り出した。

 「ブラン卿に訊ねられてから、ずっと考えていたのです」と言いながら、彼は手にした紙を開き、テーブルの上に広げて見せる。

 それは、アルベールも見慣れた、このギャロワ王国の地図であった。
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