英雄閣下の素知らぬ溺愛
「お前の言う私に必要な者と、私が思う、私に必要な者は違う。確かに、私の立場を思えば、他の選択肢も出てくるだろうが。私は、私自身の傍には、彼女以外の人間など、必要ないと確信している。口にするのもおぞましいが、……彼女がその命を失えば、私に生きている意味などなくなるだろう。すぐさま、彼女の後を追うため、この胸に剣を突き立てる。そう思う程に」




 「共に命を終えれば、死後も傍にいられるだろうからな」と、アルベールは真摯な表情で呟いた。当然とでも言うように。それ以外の道など存在しないとでも言うように。ぞっとするほどの、静かな視線だった。

 そしてその言葉を聞いて、気付く。もし、あの女を始末してしまったならば。



 ……アルベール様も、死んで、しまう?



 あの女の後を追って。死後であっても尚、その傍らに寄り添うために。

 「あはは」と、知らず、乾いた笑みが零れる。あの女を消しても尚、彼はあの女を選ぶというのか。誰の指示でもなく、自分の意志で。自分の思いで。

 愛しいなどと、彼の口から聞くことになろうとは。自分以外の誰かを思う、そんな言葉を。



 ……嫌よ。嫌。絶対に……!



 彼は、アルベールは、自分と結ばれるべきなのだ。それ以外の未来など、訪れてはならない。

 彼自身がそれを拒み、他の女を選ぶと言うならば、いっそ。



 ……わたくしが、一緒に。



「トルイユ侯爵令嬢。すまないが、帰る前に、お茶を一杯貰えるか」



 アルベールはそう言って、空のカップを示す。「急いでいたものだから、喉が渇いてしまった」と。

 にっこりと、優美に微笑んだ。「もちろん」と、言いながら。

 生きているにしろ、死んでいるにしろ。アルベールと共にいられるのならば、それで。

 ティーポットを手に取り、アルベールの前にあるカップにお茶を注ぐ。「少し温くなってしまいましたが、喉が渇いているのでしたら、丁度良いですわね」と、楚々と笑いながら。



「ああ、すまないな」



 言って、アルベールはティーカップに手を伸ばす。優雅な仕種でそれを持ち上げると、何の疑いもなく、口へと運ぶ。

 このお茶を口にすれば、彼は命を落とす。自分もすぐに、その後を追おう。そうすれば、彼の傍に、ずっといられる。自分だけが、ずっと。なんて簡単なことだろう。でも。

 本当に、良いのか。
< 146 / 153 >

この作品をシェア

pagetop