英雄閣下の素知らぬ溺愛
「……! ……あのっ」
一瞬の躊躇いは、思わず、声に零れた。アルベールが驚いたように、動きを止める。「どうかしたのか」と問いながら。
本当に、良いのだろうか。わたくしはこれを、後悔しない……?
考えて。「カミーユが」という、彼の声に、はっとした。
「私の最愛が、待っている。お茶を飲んだら去るから、用があるならば連絡してくれ」
当たり前のように言われた言葉。呼び止めようとしていると思われたのだろう、煩わしそうな声音。
笑いが、出た。「ええ、そうさせて頂きますわ」と、自然と口にする。
最愛。最愛と言ったのだ、彼は。あの女のことを。自分以外の、女のことを。
……迷う必要なんて、ないわ。
彼は、自分のものなのだから。もう二度と、奪われないようにしなければ。奪われない場所に、隠してしまわなければ。
たとえば、命を失った末の未来、とか。
「わたくしが調合した薬草茶です。お口に合うかは分かりませんが、……飲んでみてください」
自らもテーブルの上にあるカップを手にしながら、アルベールを見つめる。すぐに自分も、後を追えるように。いつまでも、傍にいられるように。
不思議そうな顔で、何かを探る様な表情でこちらを見ていた彼の手が、ゆっくりと繊細なカップを、その口許へと運ぶのが見えた。唇にその端を当て、カップが持ち上がろうとする。
あと少し、もう少しで。ごくりと生唾を呑みながら、見守って。
「……残念だな」と言う声が、聞こえた。
「イエヴァの葉と、レイフの根、他にもいくつかの薬草を混ぜた、薬草茶。薬草を使って人間の呼吸を止めるには、最適な選択と言えよう。……今ここで私の手を止めてくれていたら、皇位継承権を持つ次期公爵の殺人未遂という汚名を着ることもなかったはずだが。これで終わりだ、トルイユ侯爵令嬢。……いや。フランシーヌ・エモニエ嬢の双子の姉、セシル・エモニエ嬢、と言うべきだな」
これまでに聞いたことのない、冷えた、それでいて嬉しそうなアルベールの声。楽しそうな表情。そして間違いようもない、軽蔑の眼差し。
「カミーユを辱めようとし、それどころか、彼女の命を奪おうとしたんだ。……楽に死ねると思うな」
今、自分が生きていることが不思議な程、鋭利な視線。息が詰まり、身動きさえ取れない中で、彼はただ笑っていた。
彼が最愛とのたまう女を害する自分がいなくなることを、心底嬉しいとでもいうように。ただただ、笑っていた。
それが、セシルの見た最初で最後の、自分に向けられた彼の笑みだった。
一瞬の躊躇いは、思わず、声に零れた。アルベールが驚いたように、動きを止める。「どうかしたのか」と問いながら。
本当に、良いのだろうか。わたくしはこれを、後悔しない……?
考えて。「カミーユが」という、彼の声に、はっとした。
「私の最愛が、待っている。お茶を飲んだら去るから、用があるならば連絡してくれ」
当たり前のように言われた言葉。呼び止めようとしていると思われたのだろう、煩わしそうな声音。
笑いが、出た。「ええ、そうさせて頂きますわ」と、自然と口にする。
最愛。最愛と言ったのだ、彼は。あの女のことを。自分以外の、女のことを。
……迷う必要なんて、ないわ。
彼は、自分のものなのだから。もう二度と、奪われないようにしなければ。奪われない場所に、隠してしまわなければ。
たとえば、命を失った末の未来、とか。
「わたくしが調合した薬草茶です。お口に合うかは分かりませんが、……飲んでみてください」
自らもテーブルの上にあるカップを手にしながら、アルベールを見つめる。すぐに自分も、後を追えるように。いつまでも、傍にいられるように。
不思議そうな顔で、何かを探る様な表情でこちらを見ていた彼の手が、ゆっくりと繊細なカップを、その口許へと運ぶのが見えた。唇にその端を当て、カップが持ち上がろうとする。
あと少し、もう少しで。ごくりと生唾を呑みながら、見守って。
「……残念だな」と言う声が、聞こえた。
「イエヴァの葉と、レイフの根、他にもいくつかの薬草を混ぜた、薬草茶。薬草を使って人間の呼吸を止めるには、最適な選択と言えよう。……今ここで私の手を止めてくれていたら、皇位継承権を持つ次期公爵の殺人未遂という汚名を着ることもなかったはずだが。これで終わりだ、トルイユ侯爵令嬢。……いや。フランシーヌ・エモニエ嬢の双子の姉、セシル・エモニエ嬢、と言うべきだな」
これまでに聞いたことのない、冷えた、それでいて嬉しそうなアルベールの声。楽しそうな表情。そして間違いようもない、軽蔑の眼差し。
「カミーユを辱めようとし、それどころか、彼女の命を奪おうとしたんだ。……楽に死ねると思うな」
今、自分が生きていることが不思議な程、鋭利な視線。息が詰まり、身動きさえ取れない中で、彼はただ笑っていた。
彼が最愛とのたまう女を害する自分がいなくなることを、心底嬉しいとでもいうように。ただただ、笑っていた。
それが、セシルの見た最初で最後の、自分に向けられた彼の笑みだった。