英雄閣下の素知らぬ溺愛
「俺はあの女に、簡単に死んで欲しくはない。……カミーユと同じ恐怖を嫌という程味わわせた後で、自ら命を絶ってもらわなくては」



 それを、カミーユが知ることは、一生ないとしても。
 冷えた眼差しで、楽しそうに語るアルベールに、テオフィルはぞっとしたように目を逸らすと、「聞いたら止めねばならないから、何も聞かないでおこう」と言って頭を抱えていた。

 それから半年ほど経った頃、一人の修道女が修道院から逃げ出し、ならず者の男たちに襲われた挙句、自ら命を絶ったとテオフィルは聞かされるのだが、それはまた別の話である。



「セシル嬢を切り捨てることにしたから、トルイユ侯爵家は罪に問わなかった。かなり調べてはみたが、お前の叔母である夫人も、この件には全く関係なかったようだからな。……それにしても、フランシーヌ嬢はなぜあの日、カミーユ嬢を屋敷に呼んだのだろうか。セシル嬢に騙されて屋敷にいなかったようだが、カミーユ嬢を呼んだのは間違いなく彼女だったのだろう?」



 使用人から受け取った、銀の杯に注がれた酒を口にしながら、テオフィルは不思議そうに問うてくる。ちらりと視線を向けた先には、件のトルイユ侯爵家の面々の姿があった。セシル嬢の件は内密に処理したため、親戚筋に当たる彼らは、結婚式に招待することになったのである。

 顔を見せなければ何かあったと思われるため、欠席することは出来なかったのだろう。その表情は、あまり明るいものではなかったが。

 「セシル嬢について、警告するつもりだったようだ」と、アルベールはテオフィルの問いに答えた。



「同じ屋敷に住んでいるのだから、姉の動きがおかしいことぐらい気付いていた、と。姉にも声をかけたそうだが、聞く耳を持たなかったらしい。……昔から、思い込みが激しかったからな」



 アルベールの母であるベルクール公爵夫人と、彼女の妹であり、セシルの母であるトルイユ侯爵夫人が、まだアルベールたちが幼い頃に言った言葉。アルベールとセシルの結婚を匂わす会話を、心から信じるくらいには。

 そしてその思い込みを、周囲を巻き込んで信じさせていく。そんな少女だった。まさか、今でも変わらないとは思ってもいなかったが。

 フランシーヌはあの後、自らカミーユの元を訪れて頭を下げていた。自分が招待したから、危険に曝してしまった、と。姉を止められなかった自分のせいだ、と。

 あくまでも、セシルが自分の判断で行ったこと。気にする必要はないのだと、そう、カミーユは彼女に告げていたけれど。フランシーヌは、それに頷くことが出来ない様子だった。一番近くにいながら、姉の凶行を止められなかったのである。何事もなかったから良かったとはいえ、事が起こっていれば、トルイユ侯爵家そのものにも罰を与えられたであろう出来事だったのだから。もちろん、最後には深々と礼を言って去って行ったわけだが。
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