英雄閣下の素知らぬ溺愛
 アルベールからすれば、カミーユに借りのある人間が一人増えたという認識でしかなかったため、二人の会話に口を挟む気もなかった。これから、カミーユが自分の伴侶として生きていくためにも、味方は一人でも多い方が良いのである。社交界の華として名高い、トルイユ侯爵令嬢ともなれば、強い味方になってくれるだろう。



 それもこれも、カミーユの器の大きさだな。



 もう少し小言を言っても良いだろうに、彼女は決してそれを口にしないから。自らは強くあらねばと頑張っているのが見て取れると言うのに、それを周囲には強要しない。だからこそ、誰もが皆、感謝の言葉を残し、その優しさを記憶に残す。

 カミーユらしいと、そう思った。初めて会った時からずっと、変わらない。愛しい愛しい、ただ一人の人。



「アルベール様」



 離れた所から聞こえた声に、アルベールはさっと顔を上げる。他の誰の声よりもしっかりと耳に入る、愛らしい声。「ほら、主役はさっさと行け」とテオフィルが言うのに頷き、簡易の礼の形を取った後、自分の名を呼ぶ声の方へと足を進めた。

 今日、この場には、ベルクール公爵家の身内や、古くからの付き合いのある貴族たち、エルヴィユ子爵家の親族の姿があった。そしてテオフィルや、先日から随分と世話になった、セーデン伯爵家の令息、ディオン、そしてカミーユの妹、エレーヌの婚約者である、ジョエルなどが招待されている。皆が皆、話すのを止めて、明るい表情で主役の二人を見守っていた。

 花々が飾られた壇上には、見届け人である司祭の姿。そこまで続くカーペットの途中で待つ、優しく微笑む、愛しい人。

 彼女と結ばれないと知り、戦争に行くことを決めた過去の自分が見たら、どう思うだろうか。信じられないと言って、夢だと思い込むだろう。そんなことを、本気で思った。



「……アルベール様。実は私、アルベール様に結婚を申し込まれた時は、本当に結婚するなんて、夢にも思っていませんでした」



 壇上へと向かう道すがら、傍らに寄り添う彼女は、そうぽつりと呟いた。周囲に聞こえないように、潜めた声で、「今まで、言えなかったのですけれど」と言う彼女は、楽しそうに笑っていた。



「身分も、容姿も、……あの時は知らなかったでしょうけれど、私が抱えている問題も。何一つ、あなたには釣り合わないのですもの。婚約を解消した私を可哀想に思って、アルベール様が結婚を申し込んでくれたのだと、そう思ったのです」



「……ふむ。あの状況を思えば、そう思われても、仕方がないかもしれぬな」
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