英雄閣下の素知らぬ溺愛
 驚いた顔をした彼女の顔を覚えている。当然の事だろう。自分は彼女を知っているけれど、彼女は英雄と呼ばれる自分のことを、よく知らないのだから。

 アルベールが言えば、彼女はこくりと頷く。「だから、今、とても不思議な気分なのです」と、彼女は続けた。



「本当に、現実なのか。実はまだ、あの婚約解消の日よりも前で、私は眠っていて、夢を見ているのではないかしら。何度も、本気で思いましたし、今でも思っています。……まるで夢みたいだと思うくらいには、幸せなのです。これからずっと、アルベール様の傍にいられることが」



 「あの日、結婚を申し込んでくださって、本当にありがとうございました」と、彼女は微笑む。本当に、幸せそうな表情で。

 その笑みにつられて、アルベールも笑った。それは全てこちらの台詞だと、そう思いながら足を止めて。

 一度彼女の腕を放して、その場で跪く。まだ司祭の待つ壇上に辿り着く前の出来事に、客人たちは皆一様に、不思議そうな表情を向けていた。

 「……アルベール様?」と、同じく不思議そうに言う彼女に、笑みを深める。「一度目の求婚のやり直しだな」と言って、アルベールはカミーユの手を取った。



「この命ある限り、君を想い、君を守り、幸せにすると誓おう。……カミーユ・カルリエ嬢に、結婚を申し込みたい。この、アルベール・ブランと、生涯を共にしてくれ」



 真っ直ぐな求婚の言葉に、周囲が息を呑むのが聞こえた。少女たちの羨ましそうな悲鳴が耳に届く。

 カミーユは何度もその赤く見える茶色の瞳を瞬かせた後、泣きそうな顔で笑った。「……もちろんですわ」と言って。

 こくり、と頷く彼女の手の甲に口付けてから、立ち上がる。その耳元で、「愛している」と囁けば、彼女は顔を真っ赤にして、「私も、その、……愛しております」と返してくれた。

 二人揃って、再び司祭の元へと進んで行く。彼女からの告白による喜びと、愛らしい彼女への愛しさが募り、表情が緩むけれど、隠すわけにもいかず。壇上に登り、周囲の招待客たちの祝福と、ほんの数人の呆れた顔の中で、二人は生涯を誓った。

 後に結婚式に呼ばれていた者は誰もが口にする。それは、今まで微笑むことさえ碌にしなかった英雄閣下が見せた、数ある内で一番最初の、本当に幸せそうな笑みだった、と。






 ……fin.
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