英雄閣下の素知らぬ溺愛
ぽつぽつと、バスチアンの口から零れた言葉は、アルベールが思っていたよりも大袈裟なものだったけれど。アルベールがそう素直に口にすれば、面白そうに笑われてしまった。
「大袈裟なものか」と言うバスチアンからはもう、自分に対して抱いていたであろう警戒心は感じられなくなっていた。
「あのようなことが起きたんだ。男を怖がるどころか、人間そのものを恐れ、部屋に閉じこもっていてもおかしくはない。けれど、あの子はそうならなかった。全て、君のおかげなんだ。……君があの子を貰ってくれるならば、これ以上に嬉しいことはない。安心して、あの子を預けられる」
まるで気の抜けたように、安心した様子で話すバスチアンに、アルベールもまた僅かに息を吐く。ここまで話してなお、彼に拒絶されたならば、為す術などなかった。それこそ、国王に願い出て、婚約を命じてもらうくらいのことをしなくてはならなかったはずだ。
まだカミーユ本人の了承を取ったわけではないけれど、ひとまずエルヴィユ子爵家から門前払いされることはないだろうと、アルベールは素直に安堵していた。
「私は、君たちの結婚に賛成だ。それにあの子も、相手が君であると分かれば、すぐにでも婚約を了承するだろう。……君がいなくなって、随分と落ち込んでいたから」
心なしか嬉しそうな表情で、今にもカミーユを呼びに行きそうなバスチアンに、アルベールはゆっくりとその首を横に振る。彼女が、自分がいなくなったことを悲しんでくれたのなら、これ以上にない程嬉しいことだけれど。
「彼女には、伝えないつもりです」と呟けば、彼は不思議そうな、驚いたような顔をしていた。
バスチアンには、彼に認めてもらえなければ婚約など不可能だと、そう理解していたから自らの過去を明かしたが、アルベールは、カミーユにそれを伝える気はなかった。
彼女の傍にいる権利を得ようとするならば、どう考えても一番の近道だろう。確かにあの時の自分は、彼女にとってなくてはならない存在だったから。そう、分かってはいたけれど、それでも。
「あの時の私と今の私は、……必ずしも、同じ人間ではありません」
視線を、手元に置かれた紅茶のカップへと移しながら、アルベールは苦い笑みと共に呟く。香り立つ紅茶の表面には、いつもの自分とは正反対の、どこか自信なさげな青年の姿が映っていた。
「大袈裟なものか」と言うバスチアンからはもう、自分に対して抱いていたであろう警戒心は感じられなくなっていた。
「あのようなことが起きたんだ。男を怖がるどころか、人間そのものを恐れ、部屋に閉じこもっていてもおかしくはない。けれど、あの子はそうならなかった。全て、君のおかげなんだ。……君があの子を貰ってくれるならば、これ以上に嬉しいことはない。安心して、あの子を預けられる」
まるで気の抜けたように、安心した様子で話すバスチアンに、アルベールもまた僅かに息を吐く。ここまで話してなお、彼に拒絶されたならば、為す術などなかった。それこそ、国王に願い出て、婚約を命じてもらうくらいのことをしなくてはならなかったはずだ。
まだカミーユ本人の了承を取ったわけではないけれど、ひとまずエルヴィユ子爵家から門前払いされることはないだろうと、アルベールは素直に安堵していた。
「私は、君たちの結婚に賛成だ。それにあの子も、相手が君であると分かれば、すぐにでも婚約を了承するだろう。……君がいなくなって、随分と落ち込んでいたから」
心なしか嬉しそうな表情で、今にもカミーユを呼びに行きそうなバスチアンに、アルベールはゆっくりとその首を横に振る。彼女が、自分がいなくなったことを悲しんでくれたのなら、これ以上にない程嬉しいことだけれど。
「彼女には、伝えないつもりです」と呟けば、彼は不思議そうな、驚いたような顔をしていた。
バスチアンには、彼に認めてもらえなければ婚約など不可能だと、そう理解していたから自らの過去を明かしたが、アルベールは、カミーユにそれを伝える気はなかった。
彼女の傍にいる権利を得ようとするならば、どう考えても一番の近道だろう。確かにあの時の自分は、彼女にとってなくてはならない存在だったから。そう、分かってはいたけれど、それでも。
「あの時の私と今の私は、……必ずしも、同じ人間ではありません」
視線を、手元に置かれた紅茶のカップへと移しながら、アルベールは苦い笑みと共に呟く。香り立つ紅茶の表面には、いつもの自分とは正反対の、どこか自信なさげな青年の姿が映っていた。