英雄閣下の素知らぬ溺愛
「さぁさぁ、カミーユ。閣下を玄関先で立ち話させるわけにはいかないわ。庭の方にテーブルを用意していますから、案内して差し上げなさいな」



 アルベールの予想外の表情に固まったカミーユに、アナベルがそう声をかけてくる。その言葉にはっとして、カミーユは頷いた。「それではブラン卿、こちらへ……」と、踵を返そうとして。

 「アルベール、と呼んでくれないか」と、彼は呟いた。



「昨日も伝えた通り、私は君と、そしてエルヴィユ子爵家の方々と、気兼ねない仲になりたいと思っている。どうか」



 まるで切実な願い事のように、胸に手を当てて言うアルベールに、カミーユは逡巡した後、アナベルの方へと顔を向ける。
 求婚されているとはいえ、本人も伯爵の地位にある公爵家の嫡男の名を、気軽に口にして良いものか判断出来なかったから。

 しかしアナベルは穏やかに微笑むと、「そのように呼ばせて頂きなさい」と呟いた。「せっかく閣下がそう仰ってくださっているのですから」、と。
 本当に良いのだろうかと思うも、反論するというのもおかしな話なので、カミーユは一つ頷き、もう一度口を開いた。



「庭の方へ案内いたしますので、こちらへどうぞ。……アルベール、様」



 躊躇いながら言えば、アルベールはまたその美しい顔を綻ばせて、「ああ。頼む」と応えた。

 昨日と同じように歩き出したカミーユの横を、数歩分の距離をとってアルベールは足を進める。背後に男の人がいることを怖がるカミーユの事情を、父、バスチアンから聞いたのだろう。何を言うわけでもないが、視界の隅にアルベールの姿が映るため、思ったよりも緊張することなく案内することが出来た。
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