英雄閣下の素知らぬ溺愛
 反抗というよりは、諦観が勝っている、というだけなのだ。



 アルベール様は、噂とは違ってその態度も雰囲気も、とても優しくて、好感を持てる方だけれど……。高貴なあの方に、触れることも出来ない妻などあってはならないでしょうから……。



 彼はこのエルヴィユ子爵家の屋敷を訪れると、最初に必ずエスコートを申し出てくる。あの悠然として、いつも自信に満ちた振る舞いをする英雄閣下が、僅かにこちらを窺うように、じっと見つめてくるのだ。

 そしてカミーユが躊躇い、断れば、大丈夫だと言って困ったように微笑む。自分は待っているつもりだから、と言って。



『君のペースで、私に慣れてくれればそれで良い。君が私に慣れてくれるまで、いつまでも待つつもりだ』



 彼自身は、そう言うけれど。もし本当に結婚するのだとしたら、どれだけ抗おうと、早いうちに跡継ぎの問題が出てくるだろう。彼は王位継承権を持つ公爵家の嫡男であり、伯爵なのだから。

 ジョエルとの婚約も、それを考えたからこそ、解消するに至ったのだ。
 カミーユが責められるのはまだしも、そのせいで彼を矢面に立たせるわけにはいかなかった。

 かといって、余所で愛人を作ってもらうというのも、一人間としてどうしても頷けなかった。カミーユ自身の問題が原因であり、我儘だと思われるかもしれないけれど。
 それならば、結婚などせずに一生独り身の方が気が楽だと、考えは最初に戻ってしまうのである。



 国王陛下からの手紙のこともあるから……。ひと月ほど様子を見てから、お断りするべきよね。



 絶対に無理強いはしないと、その態度で示してくれるアルベールならば、カミーユが正式に申し出を断れば、それ以上は何も言わないだろう。

 何よりも、そんな風に事細かに気を遣ってくれる彼には、自分のように問題を抱える者ではなく、もっと別の誰かと当たり前に幸せになってもらいたい。
 そんな風に、思うのだ。
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