英雄閣下の素知らぬ溺愛
「……オペラ、ですか?」
今日も今日とてエルヴィユ子爵家を訪れたアルベールと共に、庭を散歩していたカミーユは、アルベールの言葉にそう問い返した。
ここ数日は、一歩分だけ離れた隣を歩くようになったアルベールが、「ああ」と言ってこくりと頷く。「君が好きだと聞いたから」と、彼は続けた。
「演目は、『バラチエの君の救い』だ。君の好きそうな演目だと思ったんだが」
「違うだろうか?」と暗に問いかけてくるアルベールに、カミーユは思わず大きく首を縦に振る。「とても好きですわ……!」と、気付けば大きな声で言葉を返していた。
「災害から国を救うために身を捧げ、薔薇の花に姿を変えた心優しい少女と、そんな彼女を救うために身分を捨てた騎士様のお話ですわね……! 災害の元凶だったドラゴンを倒したけれど少女はすでにいなくて、涙する騎士様の目の前で、ドラゴンの血を浴びた薔薇が少女に姿を変えるのが何とも感動的で……」
興奮気味に一気にそこまで喋ったカミーユは、はっと目を大きく開く。
飽きもせずにこちらを見つめるアルベールは、カミーユの言葉に静かに相槌を打ちながら、相変わらず幸せそうな顔で微笑んでいた。
慌てて、こほんと僅かに咳払いをする。好きな小説の中でも一際お気に入りの物語の題名が出て来て思わず我を忘れてしまった。「えっと、原作はそういうお話なのですが……」と、カミーユは自らの醜態を誤魔化すように続けた。
「原作は、ただのロマンス小説ではなくて、騎士様の冒険を主に描かれているので、冒険小説としても人気があるのです。オペラの方もほとんど完売状態で、チケットが手に入らないと、小耳に挟んだのですが……」
偶然聞いた、というように言葉を紡ぐが、実はエレーヌと二人で見に行こうとして、チケットが買えなかったのだ。カミーユがどうしても見に行きたくて、エレーヌに付き添いを頼んだのである。エレーヌもまた、原作の小説を読んでおり、カミーユほどではないものの、気に入っていたため、それでは、ということになったのだ。
いつもならば、客人として男性も多いオペラハウスになど行きたいとは思わなかったが、好きな小説が原作であり、しかもその小説が好きな友人たちまでもが絶賛する演目であったため、無理を押してでも行こうとしたのだが。
そこまで考えて、はっとする。
まさか。
「……エレーヌから、聞かれました?」
本当は、どうしても行きたかったけれど、行けなかっただけだということを。
チケットが買えなくて、数日間しょんぼりしていたことを。
今日も今日とてエルヴィユ子爵家を訪れたアルベールと共に、庭を散歩していたカミーユは、アルベールの言葉にそう問い返した。
ここ数日は、一歩分だけ離れた隣を歩くようになったアルベールが、「ああ」と言ってこくりと頷く。「君が好きだと聞いたから」と、彼は続けた。
「演目は、『バラチエの君の救い』だ。君の好きそうな演目だと思ったんだが」
「違うだろうか?」と暗に問いかけてくるアルベールに、カミーユは思わず大きく首を縦に振る。「とても好きですわ……!」と、気付けば大きな声で言葉を返していた。
「災害から国を救うために身を捧げ、薔薇の花に姿を変えた心優しい少女と、そんな彼女を救うために身分を捨てた騎士様のお話ですわね……! 災害の元凶だったドラゴンを倒したけれど少女はすでにいなくて、涙する騎士様の目の前で、ドラゴンの血を浴びた薔薇が少女に姿を変えるのが何とも感動的で……」
興奮気味に一気にそこまで喋ったカミーユは、はっと目を大きく開く。
飽きもせずにこちらを見つめるアルベールは、カミーユの言葉に静かに相槌を打ちながら、相変わらず幸せそうな顔で微笑んでいた。
慌てて、こほんと僅かに咳払いをする。好きな小説の中でも一際お気に入りの物語の題名が出て来て思わず我を忘れてしまった。「えっと、原作はそういうお話なのですが……」と、カミーユは自らの醜態を誤魔化すように続けた。
「原作は、ただのロマンス小説ではなくて、騎士様の冒険を主に描かれているので、冒険小説としても人気があるのです。オペラの方もほとんど完売状態で、チケットが手に入らないと、小耳に挟んだのですが……」
偶然聞いた、というように言葉を紡ぐが、実はエレーヌと二人で見に行こうとして、チケットが買えなかったのだ。カミーユがどうしても見に行きたくて、エレーヌに付き添いを頼んだのである。エレーヌもまた、原作の小説を読んでおり、カミーユほどではないものの、気に入っていたため、それでは、ということになったのだ。
いつもならば、客人として男性も多いオペラハウスになど行きたいとは思わなかったが、好きな小説が原作であり、しかもその小説が好きな友人たちまでもが絶賛する演目であったため、無理を押してでも行こうとしたのだが。
そこまで考えて、はっとする。
まさか。
「……エレーヌから、聞かれました?」
本当は、どうしても行きたかったけれど、行けなかっただけだということを。
チケットが買えなくて、数日間しょんぼりしていたことを。