英雄閣下の素知らぬ溺愛
 ……それにしても、今回の贈り物は、素直に喜んでくれたようで良かった。



 カミーユが、あのオペラの原作小説を好いていたのは知っていた。しかし、チケットが売り出されたのは、彼女がまだ婚約を解消するよりも前だったため、アルベールもまた購入することが出来なかったのだ。

 こればかりは、本気で母に感謝していた。



「そういえば、オペラに行くとか言ってたけれど。カミーユ嬢は男性恐怖症なのだろう?」



 「大丈夫なのか?」と、テオフィルは心配そうに問いかけてくる。
 本来なら、アルベールもまたその点が不安だったはずだけれど。「おそらくは」と言って頷いた。



「彼女にはまだ伝えていないのだが……。母上が買っていたチケットは、シークレットルームのものだった。少々気を付けさえすれば、男どころか誰にも会わずにオペラを観劇できるはずだ」



 言えば、テオフィルは「それは良い」と頷いていた。

 シークレットルームとは、首都のオペラハウスに一つだけ設けてある、お忍び専用の観劇室の事である。オペラハウスの入場口の上の階にあり、一階からは壇上に登らない限り室内が見えないように作られた部屋だった。

 その価格があまりにも高額なため、使用するのは王族か、アルベールたちのように裕福な最高位貴族が主のようである。もっとも、あまりオペラハウスを訪れないため、そのように聞いた、というだけだが。



「あの部屋ならば、開演ぎりぎりに行けば、本当に誰にも会わずに済むはずだ。扉のない隣の部屋に運営側の侍従も待機しているから、二人きりになる心配もない。カミーユ嬢も安心だろう」



 そんなテオフィルの言葉に、アルベールもまた安心して頷く。伝え聞いただけだったので少し不安が残っていたが、使用したことのある人間が言うのだ。間違いないだろう。

 「では、なるべくぎりぎりに到着するようにしよう」と言えば、テオフィルもまた笑って、「ああ、それが良いと思う」と応えてくれた。



「我が国のためにも、カミーユ嬢には、お前に対してなるべく良い印象を持ってもらわなくては。……そういえば、彼女の屋敷に届いた複数の手紙の送り主たちはどうなったんだ?」



 ふと思い出したようにテオフィルが訊ねてくる。よく覚えていたなと思いながら、アルベールは「処理しておいた」と答えた。



「予想通りと言うべきか、皆、年頃の娘を抱える家ばかりだったからな。それぞれ、手紙の内容を確認した上で、対応しておいた」



 自分との関係を問うような手紙には、現状を伝える手紙を。
 カミーユ、もしくはエルヴィユ子爵家に対する警告まがいの手紙には、ベルクール公爵家とミュレル伯爵の名を使って、警告を。

 脅迫に近いことを書いてきた手紙の送り主には、警告と、それぞれの取引先などを調べて手を打っておいた。自分との婚姻を望む猶予など、なくなるように。
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