英雄閣下の素知らぬ溺愛
 家門の商会を使い、より良い取引条件を提示すれば、皆喜んで取引先を変えてくれたからな。目端が聞く者であれば、そろそろ気付いているかもしれないが。……おそらく三ヶ月もすれば、出来るだけ早く娘を裕福な男に嫁がせようとするだろう。



 騎士団を率いることで有名なベルクール公爵家だが、先代のベルクール公爵は剣の才能がなく、商いの方にそれが突出していたという。そのため、彼の娘であるアルベールの母の元に、剣に秀でていた前国王の弟である、アルベールの父が婿入りしたのだ。

 ちなみに、商会の方は現在アルベールの弟がその運営を任されていた。先代のベルクール公爵と同じく、剣よりも数字に強い男のため、とても楽しそうに日々を送っている。
 今回はそんな弟に協力を要請したのだった。

 手紙の送り主が警告を真摯に受け取って謝罪でもすれば、手を引くことも考えてはいるが。さて、どうなることだろうか。正直な所アルベールは、カミーユと、彼女の家に害を為す者の未来になど、微塵も興味がなかった。



「もちろん、俺が口出しをしたせいで、エルヴィユ子爵家が我が公爵家に降ったと思われないように注意はしている。あくまでも、俺の求婚を邪魔するな、と」



 お互いに騎士団を持つことを許された家だとはいえ、それぞれ交流はあっても完全に独立している。貴族として、そして騎士としての体面を傷付けるわけにはいかなかった。

 テオフィルはそんなアルベールの言葉にくつくつと笑う。「もし本当にそんなことになれば、警戒すべきはむしろ私の方だろうな」と言いながら。



「王位継承権を持つお前が、ベルクール騎士団に加えて、エルヴィユ騎士団まで従えるようになれば、まず最初に反逆の可能性を考えなければならないからな。今の段階で、エルヴィユ子爵家に浅はかな手紙を送っているような連中は気に留める必要もないが、頭の回るやつらはそちらの方を勘ぐっているだろう。……私に忠告してくる者、お前に声をかけてくる者。把握しておいて損はないだろうな」



 普段は太陽を思わせる明るい笑みを浮かべるテオフィルの顔には、どこか暗い笑みが浮かんでいる。底意地の悪そうなその表情はしかし、彼の端麗な容貌に、意外にもよく似合って見えた。

 「まさか、違うだろう?」と、冗談のように問いかけてくる彼に、アルベールは鼻で笑って「有り得ん」とだけ返す。すでに予想していた答えだったのだろう、テオフィルは楽しそうに笑って、「だよな」と呟いていた。

 親しい友人であっても、信じ切ることをせずにこうして警戒を怠らないテオフィルのことを、アルベールは気に入っている。それと同時に、自分にはまず国王などという存在は向いていないとも思うのだ。

 盲目的に一人に執着し、命までもを捧げようとする、騎士としての性質が身についた自分は、国民の全てを護ろうなど、考えもしないから。

 それを分かっているからこそ、テオフィルも本当の意味でアルベールが王座を狙っているなどとは考えていないのだと思う。
 王座を狙うどころか、そんな面倒臭いもの頼まれても嫌なのだが。
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