英雄閣下の素知らぬ溺愛
「こちらに入られた方の落とし物を拾ったの。高価なものだから、直接お渡ししたくて。顔を見せてくださらないかしら」



 つんと澄ました、それでいて愛らしい女性の声。
 自分に落とし物などないはずだから、アルベールの落とし物だろうかと思うも、彼には部屋に誰も入れるなと言われているから、どうしようかと扉の方を見遣る。

 と、「私が」と言って、従業員の女性が笑みを向けて来た。カミーユの代わりに対応してくれるということだろう。嬉しい申し出に、「ありがとう」と素直に礼を言えば、彼女もまた微笑んで、扉の方へと歩いて行った。

 かちゃりと音を立てて扉を開き、その隙間から身体を部屋の外へと出して、再び部屋の扉が閉まる。
 「使用人の方?」と、先程の客人が言うのが聞こえた。



「わたくしは、この部屋を使っている方に用があるの。そこを退いて」



「こちらのお客様から、部屋の中に誰も入れるなとの言葉を頂いております。落し物は私が責任もってお渡しいたしますので、お引き取りください」



 冷たくはないけれど、決して引く気はないと言った静かな声音。おそらく相手も貴族なのだろうけれど、この国にベルクール公爵家と肩を並べる家格の家門など片手の指程もなく。それでいてもあくまでも肩を並べる程度でしかないわけで。

 その嫡男であるアルベールから受けた言葉に逆らえる者など、王族以外には存在しなかった。
 だからこそ、従業員の女性もまた、こうしてはっきりとした拒絶の意志を見せているのだろう。

 カミーユはそんな彼女の様子にほっとして、再び壇上へと視線を向けようとして。
 「使用人風情が……!」という、吐き出すような声が聞こえた。



「退きなさい。わたくしが用があると言っているでしょう。この者を押さえていて」



「何を……! お、お待ちください……!」



 途端、再び音を立てて扉が開かれる。従業員の女性の必死の声も聞かず、驚きに再度そちらを振り返ったカミーユの目には、貴族らしい華やかなドレスを身に纏った二人の女性と、同じく着飾った貴族の子弟であろう二人の男性の姿が映った。

 四人の中心にいた女性は、興味深そうにシークレットルームの中を眺めていて。その視線がカミーユを捕らえた瞬間、その愛らしい顔に笑みを浮かべた。満面の、しかしどこか黒い物の混じる、笑みを。
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