英雄閣下の素知らぬ溺愛
「ごきげんよう。アルベール様と一緒に来られたの? 確かお名前は……」



 ふわふわとした長い巻き毛を揺らしながら、「何だったかしら」と、彼女は左右に控える他の三人へと顔を向ける。カミーユの耳に届くほどの声量ではっきりと彼女が言えば、他の三人もまた、カミーユの方を見ながらくすくすと笑った。「あまり有名でもない家門だから、仕方ありませんよ」と、男性の一人が言った。



「確か、エルヴィユ子爵家のご令嬢だったかと。名前までは僕も把握していなくて。申し訳ないです、バルテ伯爵令嬢」



 くすくすと、あからさまにこちらを卑下するような視線と共にかけられる声。おそらく、皆伯爵家以上の家門の子女なのだろう。こちらを見下したような態度に怒りを覚えるが、静かにそれを胸の内で沈める。反発すれば、おそらく彼女たちの思うつぼだろうから。

 案の定、バルテ伯爵令嬢と呼ばれた女性は、カミーユの名を伝えた男性に「気にしないで、セーデン伯爵令息」と応えた。



「それだけ分かれば十分ですわ。……初めまして、エルヴィユ子爵令嬢。わたくし、ドリアーヌ・ムーシェと申しますの。バルテ伯爵家の娘ですわ」



 微笑み、そう告げてくるドリアーヌに、カミーユは戸惑うも、立ち上がってソファの横へと進み出、礼の形を取る。「初めまして、バルテ伯爵令嬢。私はカミーユ・カルリエと申します」と、カミーユもまた静かに応えた。



「落とし物を拾って頂いたとのことですが、私には身に覚えがなくて。よろしければ拝見させて頂いても構いませんか?」



 アルベールに誰も部屋に入れるなと言われていた手前、長々と言葉を交わすわけにもいかず。そして部屋の外で取り押さえられているであろう女性のことも気になる。

 カミーユは出来るだけ早く帰ってもらおうと、そう問いかけた。アルベールの落とし物であったならば、待ってもらうしかないだろうかと少しだけ憂鬱に思いながら。

 彼女はカミーユの言葉に数度瞬いた後、「ああ、エルヴィユ子爵令嬢の持ち物ではありませんわ」と言って、再び微笑んで見せた。



「落とし物は、アルベール様の物ですの。この間、夜会でご一緒させて頂いた際に拾ったのですが、お渡しするのを忘れていて。またご一緒しましょうって伝えていたので、急ぐ必要はなかったのですけど、今日は偶然この場にいらっしゃると聞いて、足を運んだのです。わたくしも彼にお会いしたかったもの」



 「きっとアルベール様も、同じ気持ちでいてくださったはずですわ」と言う彼女は、どこか得意げな表情でカミーユを見ていた。まるで睨みつけるような視線で。
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