英雄閣下の素知らぬ溺愛
「お騒がせして、しまって……」



 震えの止まらない肩。伺うような視線。か細い声。
 明らかにその顔から色を失ったまま、しかし平静を装って、言葉通り申し訳なさそうに言うカミーユに、アルベールはくしゃりとその顔を歪めて、首を横に振って見せる。「君が気にすることなど、何もない」と言いながら。



「さあ、疲れただろう? もう少し休むと良い。あの者たちは、……俺から話があるから」



 気丈に振舞おうとするカミーユのその姿に胸を痛めながら、アルベールはちらりと視線だけを背後へと向ける。カミーユをこのような状態にした者たちへと。
 特徴的な藍色の目を細め、刺すようにそれぞれへと目線を送る。身動きさえ取れない様子の四人は、その青く染まった顔のまま、びくりと肩を竦めていた。

 もちろん、今回の責は彼らだけにあるわけではない。何よりも、彼女の傍から離れた少し前の自分が、アルベールからすれば最も腹立たしかったが。
 それを口にすれば、また彼女が気に病んでしまうだろうと、分からないはずもなかった。

 立ち上がって自らの上着のボタンを外して脱ぎ、彼女に触れないようにその肩にかける。今だに自らの身体を護ろうとするように抱くカミーユの姿が、あまりにも寒々しく見えたから。
 拒まれるかとも思ったが、カミーユは驚いたような顔をしただけで、素直にそれを受け入れてくれた。そのまま、彼女の身体に触れることなく、ソファに腰掛けるように誘導する。

 カミーユは素直に腰を降ろし、こちらを見上げてきた。少し不安げな表情は、後ろにいる、言葉の一つも発せなくなっている四人が気になるからだろう。

 カミーユが落ち着けるように、早いところ追い出さなければと、アルベールは「扉の外で話してくるから、少しだけ待っていてくれ」と言って、彼女の前で踵を返そうとして。
 つ、と、腕の袖口を引かれた気がして、アルベールはその場に立ち止まった。



「…………?」



 顔を向ければ、アルベールの右腕の袖口を掴む、カミーユの小さな手。縋るようなその姿に動揺し、アルベールはまじまじとカミーユの手元を見つめる。
 どうやら自分の行動に気付いていないらしい彼女は、不思議そうな顔で、振り向いたアルベールの方を見た後、その視線の先を追っていて。

 次の瞬間、はっとしたように、その手を放した。「あ、ご、ごめんなさい!」と、小さく呟きながら。
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