英雄閣下の素知らぬ溺愛
「引き留めるつもりは……。あの、お待ちしております、ね」



 そう言って、少しだけ淋しそうな、心細そうな顔でカミーユは笑う。
 その健気な姿に、苦しくなるほどに心臓が痛んだ。ただ『慣れて来た』程度である自分に対してでも、傍にいて欲しいと思う程、怯えているというのに。
 それでも彼女は、必死に何でもない顔を作るのだ。

 あの日と、同じように。



 ……だから、守らなければならないと思ったというのに。



「……思えば、ここでするような話もさほどないだろう。貴様らは、このまま大人しくこの場から消えろ。こちらからの抗議文は、それぞれの屋敷に明日にでも届けさせる。……覚えておけ。俺は、自らの最愛を怯えさせた者に温情を見せるほど、優しくはない」



 再度真っ直ぐに四人へと視線を向けて立ったアルベールは、低い声音でそう告げた。

 彼らの姿を目にした者も多いこの場で、カミーユに何か危害を加えるという事は考えにくい。相手が平民であるならば、有り得ないとも言い切れないのが嫌な話ではあるが、カミーユはれっきとした子爵家の令嬢である。見たところ、この場にいるのは伯爵家の面々ばかり。格は下になるが、カミーユもまた貴族である以上、余程考えなしでもなければ手を出すつもりはなかっただろう。

 だからといって、容赦するつもりはないが。



「お、お待ちくださいませ、アルベール様! わたくしたちは本当に、何も……!」



 四人を代表するように、前に立った令嬢が焦ったように声を張り上げる。確か、バルテ伯爵家の令嬢であったか。

 全くもってどうでも良いが。



「貴様に、俺の名を呼ぶのを許した事などないはずだが。……聞いていなかったのか。俺は貴様らに、消えろと言ったんだ」



 低く低く、響く声。ぞっとするような怒りが篭ったその言葉に、声を発した令嬢以外の三人は、慌てたように踵を返す。紳士淑女らしからぬ、品の欠片もない姿を見届けた後、アルベールは再度、一人残った令嬢に顔を向けた。「何をしている」と、再度低く呟けば、その細い肩をびくりと震わせていて。

 きっと、ソファに腰かけたカミーユの後姿を睨みつけた後、彼女は踵を返し、部屋を出て行った。同時に、アルベールは深く溜息を吐く。あれで、この国でも有数の伯爵家の令嬢だとは。
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