英雄閣下の素知らぬ溺愛
太陽が西へと姿を消し、辺りはすでに暗くなりつつある。
夜の装いへと着替えたカミーユは、エレーヌと二人、玄関ホールへと足を運んだ。
煌々と輝くシャンデリアの下、本日の客人はすでにそこに姿を見せていた。
「ジョエル様! ごきげんよう」
カミーユの隣を歩いていたエレーヌは、その姿が目に入った途端、僅かに小走りになってそちらへと進んだ。嬉しそうなその姿に、カミーユもまた嬉しくなってしまう。
「ごきげんよう、エレーヌ嬢」と、閉じられた玄関扉の前、彼女が向かった先にいた青年は柔らかく微笑んだ。
カミーユの元婚約者であり、エレーヌの婚約者となったジョエルは、以前と変わらず、二週間に一度はエルヴィユ子爵家に顔を見せ、晩餐を共にすることになっていた。そして今回は、正式にカミーユとの婚約解消を発表してから、初めての晩餐である。
婚約解消については、数か月も前からすでにエルヴィユ子爵家と、ジョエルのクラルティ伯爵家の間では決定していたことであったため、その頃からすでに彼は、エレーヌの婚約者として晩餐に参加していた。優しい彼は、それでも以前と変わらず、カミーユを妹のように思ってくれているようだった。
ギャロワ王国には珍しい黒い髪と、蒼い瞳。穏やかな性格をそのまま表したような優しげな容貌は、相変わらず慈愛に満ちた笑みに彩られている。
「カミーユ嬢も、ごきげんよう」と言って、ジョエルは軽くその頭を下げた。
「エレーヌ嬢の手紙で読んだよ。オペラハウスでの話。とても大変だったようだね」
心配そうな顔で、彼はそう首を傾げて訊ねてくる。相変わらずだと思いながら、カミーユは僅かにその首を横に振った。「何もかも、私の不徳の致すところですわ」と応えながら。
「アルベール様がせっかくシークレットルームにご招待してくださったのに……。確かに、制止を振り切って部屋に押し入って来られるとは思いませんでしたが、近寄られただけで固まってしまうとは……。情けない話ですわ」
あの時のことを思い出し、苦笑を交えながら言うカミーユに、ジョエルもまた首を横に振って見せる。「いや、君は何も悪くないよ」と言いながら。
「招かれたわけでもないのにシークレットルームに入って来るなんて、正気の沙汰じゃないからね。それがボックス席であったとしても、許された話じゃない。いくら中にいるのが王族ではないと分かっていたとはいえ、とんでもない話だ」
信じられない、というように言う彼の顔には、珍しい怒りの感情が現れていた。傍らに立っていたエレーヌもまた、怒った顔でこくこくと頷いている。どうやら二人には、大変心配をかけてしまったらしかった。
夜の装いへと着替えたカミーユは、エレーヌと二人、玄関ホールへと足を運んだ。
煌々と輝くシャンデリアの下、本日の客人はすでにそこに姿を見せていた。
「ジョエル様! ごきげんよう」
カミーユの隣を歩いていたエレーヌは、その姿が目に入った途端、僅かに小走りになってそちらへと進んだ。嬉しそうなその姿に、カミーユもまた嬉しくなってしまう。
「ごきげんよう、エレーヌ嬢」と、閉じられた玄関扉の前、彼女が向かった先にいた青年は柔らかく微笑んだ。
カミーユの元婚約者であり、エレーヌの婚約者となったジョエルは、以前と変わらず、二週間に一度はエルヴィユ子爵家に顔を見せ、晩餐を共にすることになっていた。そして今回は、正式にカミーユとの婚約解消を発表してから、初めての晩餐である。
婚約解消については、数か月も前からすでにエルヴィユ子爵家と、ジョエルのクラルティ伯爵家の間では決定していたことであったため、その頃からすでに彼は、エレーヌの婚約者として晩餐に参加していた。優しい彼は、それでも以前と変わらず、カミーユを妹のように思ってくれているようだった。
ギャロワ王国には珍しい黒い髪と、蒼い瞳。穏やかな性格をそのまま表したような優しげな容貌は、相変わらず慈愛に満ちた笑みに彩られている。
「カミーユ嬢も、ごきげんよう」と言って、ジョエルは軽くその頭を下げた。
「エレーヌ嬢の手紙で読んだよ。オペラハウスでの話。とても大変だったようだね」
心配そうな顔で、彼はそう首を傾げて訊ねてくる。相変わらずだと思いながら、カミーユは僅かにその首を横に振った。「何もかも、私の不徳の致すところですわ」と応えながら。
「アルベール様がせっかくシークレットルームにご招待してくださったのに……。確かに、制止を振り切って部屋に押し入って来られるとは思いませんでしたが、近寄られただけで固まってしまうとは……。情けない話ですわ」
あの時のことを思い出し、苦笑を交えながら言うカミーユに、ジョエルもまた首を横に振って見せる。「いや、君は何も悪くないよ」と言いながら。
「招かれたわけでもないのにシークレットルームに入って来るなんて、正気の沙汰じゃないからね。それがボックス席であったとしても、許された話じゃない。いくら中にいるのが王族ではないと分かっていたとはいえ、とんでもない話だ」
信じられない、というように言う彼の顔には、珍しい怒りの感情が現れていた。傍らに立っていたエレーヌもまた、怒った顔でこくこくと頷いている。どうやら二人には、大変心配をかけてしまったらしかった。