英雄閣下の素知らぬ溺愛
 だからこそ、髪の長い騎士は、まだ生涯を共にする相手がいないということの証明であり、それを切るということは、自分を覚えておいて欲しいという人に出会えたという証なのであった。

 通常は婚約をした際に、自ら選んだ箱に、自らの瞳の色を模したリボンで結んだ髪を納め、相手に贈るものなのだが。

 アルベールはテオフィルの言葉に、ゆっくりと首を横に振った。



「婚約を申し込んだ話は本当ですが、返事はまだ頂いておりません。この後、屋敷の方へと伺うと伝えております」



 テオフィルに呼び出されていなければ、とうにカルリエ家に到着していたはずなのだが、そこまで言うわけにはいかないだろう。気安い相手であっても、相手は一応、この国の国王である。

 思うアルベールの心のうちなど知るはずもなく、テオフィルは一度アルベールの頭から爪先までを眺めた後、「ああ、だからか」と納得したように呟いていた。



「随分とめかしこんでいると思ったら。どこの夜会に出るつもりかと考えていたが、そういうことなら話も分かる。……少々、気が早いような気もするが、まあ、それだけお前が本気だということだろう」



 「それで」と、テオフィルは続けた。



「その相手は誰なんだ? 私も知っている令嬢か?」



 好奇心に瞳を輝かせながら聞いて来るテオフィルに、アルベールは少しだけ首を傾げる。テオフィルが、彼女のことを知っているか、否か。
 「名前は間違いなく、聞き覚えがあるかと」と、アルベールは呟いた。



「私が婚約を申し込んだのは、エルヴィユ子爵家の令嬢、カミーユ・カルリエ嬢です」



 言い、テオフィルの表情を窺う。顔は知らずとも、その名前は知っているはず。聞かせたのは、他でもない自分だから。

 テオフィルは少し引っかかりを覚えたような顔になった後、「カミーユ・カルリエ嬢……、エルヴィユ子爵家……」と、口の中で小さく呟いていて。
 「あ!」と、急に声を上げた。



「カミーユ嬢と言えば、二年前にお前が婚約を申し込むことにしていた、あの……。申し込む直前に婚約発表されて、諦めるしかなかったとか言っていたが、まさか……」



「ええ。間違いなく、そのカミーユ嬢です」



 やはり覚えていたかと思いながら、素直に頷けば、テオフィルは何とも言えないような顔でこちらを見ていた。「何か」と、不思議に思って問いかければ、彼は乾いた笑みを浮かべて、「いや」と呟く。「全く諦めきれてないじゃないかと思っただけだ」と続いた言葉に、アルベールは数度瞬きをして、首を横に振った。
< 6 / 153 >

この作品をシェア

pagetop