英雄閣下の素知らぬ溺愛
「実はあの騒動の後、オペラハウスの方から謝罪されまして。絶対安全のはずのシークレットルームに押し入られたのは、自分たちの落ち度だと。お詫びとして、もう一度シークレットルームにご招待して頂いた上に、私の好きなオペラの演目の歌を、私のためだけに、主役を演じていた歌手の方が歌ってくださったのです。……騒動の事なんて忘れてしまいそうなほど、素敵な時間を過ごせました」



 今思い出しても、ほうと息が漏れる。シークレットルームを後にして、自分とアルベール以外誰もいないオペラハウスの客席に座り、美しい歌を聞かせてもらった。
 あの時の記憶は、すでにカミーユの宝物である。

 だから、というわけではないが、処分を公にして騒ぎを大きくし、オペラハウス側に迷惑がかかることに気が引けてしまったのである。
 そこで、アルベールにもう少し軽い処罰をお願いできないかと、おそるおそる声をかけたのだ。

 まさか承諾してくれるとは思わなかったが。

 ジョエルは、「なるほど、そういうことだったのか」と呟くと、納得したように頷いていた。



「あの英雄閣下を説得できるなんて、と最初は思ったけれどね。君がとても喜んでいたなら、そういう判断をされたのだろうね。あの方は、君のことをとても大切に思っておられるようだったから」



「……え?」




 苦笑交じりにジョエルに言われた言葉に、カミーユは首を傾げる。
 カミーユとアルベールが共にいる所をジョエルが目にしたのは、おそらくあの婚約解消の日が最初で最後だと思うのだけれど。

 考えていれば、それが顔に出ていたらしい。ジョエルはカミーユにくすりと微笑んで見せると、「君は気付いていなかったんだろうね」と呟いた。



「晩餐の時にでも、教えてあげるよ。……ほら、そろそろ晩餐の席に向かわないと。カルリエ卿が呼びに来ちゃうよ」



 続いたジョエルの言葉にはっとして、カミーユは彼を中へと案内する。思ったよりも、長話をしてしまった。父、バスチアンも、母、アナベルも、どうかしたのかと心配している事だろう。

 カミーユが、エレーヌをエスコートするジョエルを先導しながら、カミーユたち三人は、食堂へと向かって行った。
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