英雄閣下の素知らぬ溺愛
 ……言われてみれば、確かに、私がアルベール様にご挨拶するのはいつも、ジョエル様のパートナーとして参加していた、クラルティ伯爵家の夜会ばかりだったわね。



 夜会と言えば、どこにいようと周囲にたくさんの男性たちがいるわけで。常に気を張って参加していたカミーユは、アルベールがいつもどの夜会に参加していたのかなんて、知る由もなかったのだった。



「問題はなぜ我が家の夜会に、ということですが、特に理由が見当たらなくて。何かの取引を持ち掛けられるということでもなかったですしね」



 貴族が別の家門の社交場へと顔を出す主な理由は、自らの家に利のある取引のためか、またはその家に年頃の令息、令嬢がいた場合は、婚姻を望んでいるためか。

 しかし取引の件はジョエルの言葉の通りであり、婚姻と言っても、クラルティ伯爵家は男のみの二人兄弟である。
 親族の令嬢に、と思うこともなくはないが、ジョエルの兄はすでに結婚しているし、ジョエル自身も婚約者がいるとなれば、その可能性もほとんどないようなものだった。

 「だからなぜなのか、本当に分からなかったんですけどね」と、ジョエルは続けた。



「いつだったかな。……ああ、あの日だ。それこそ、ミュレル伯爵閣下の功績を称える、王宮のパーティでした。あの日も、僕はカミーユ嬢と共にパーティに参加していて。そして、戦争を終えて帰還されてから初めて、英雄閣下に挨拶をしたんです。二人で。……その時に、気付いたんです」



 自分や、他の貴族たち、令嬢たちに向ける物とは違う、藍色の視線に。



「何て言えば良いのかな。一言で言うならば、……とても強い感情がこもっている気がした。ほっとしたような、嬉しいような、それでいて苦しくて切実な。一瞬の事だったから、間近で見た僕でも勘違いだろうかと思ったんですけどね」



「……彼がカミーユに求婚してきたことで、確信した、ということかな?」



 言葉を補うようにバスチアンが言えば、ジョエルが静かにその首を縦に振った。「その通りです」と言いながら。



「ずっと、カミーユ嬢の事が好きだったんだろうなって。もしかしたら、僕との婚約が発表されるよりも前から好きだったのかもしれない。横取りされたと思われていたのかもしれない。……そう考えると、私的に会うのが少し怖いんですよね」



 「何と仰られるのか分からなくて……」と言って、ジョエルはその穏やかな風貌に苦笑を滲ませた。
 それに対して、ふふ、と微笑を零したアナベルが、「まあ、そんなこと心配しなくても大丈夫よ」と呟く。「あの方は、そんなに器の小さな方ではないわ」と。
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